・・・この人は幕府の末年に勝氏と意見を異にし、飽くまでも徳川の政府を維持せんとして力を尽し、政府の軍艦数艘を率いて箱館に脱走し、西軍に抗して奮戦したれども、ついに窮して降参したる者なり。この時に当り徳川政府は伏見の一敗復た戦うの意なく、ひたすら哀・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ところで、魚住は妻の不貞に苦しみながら、一方では不良少年らの統御するにむずかしい性格によって引きおこされる事件、脱走だの集団的反抗だのととり組み、更に他の一方では、守屋が不貞をされている良人としての軽蔑をも示しつつ彼の教師という地位を危うく・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・あるいは、奈良朝時代、使役する奴隷や農奴の脱走を防ぐために、いれずみをした、そのような何かが必要になって来たというのだろうか。 たしかに、東京はおそろしいところになっている。上海がかつて国際犯罪都市であったように、ブダペストが国際スパイ・・・ 宮本百合子 「指紋」
フランスの『マリアンヌ』という新聞に、ロシアの大文豪であったレフ・トルストイの孫息子にあたるジャンという少年が、浮浪児として少年感化院に入れられ、そこから脱走して再び警察の手にとらわれたときかいた「ジャンの手記」というもの・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・先の見とおしばかりきく一種の臭いのする白昼の街を乗合自動車が時々空虚から脱走するように走った。 こんな街に向って「民衆宮」の白いペンキ塗鉄の大門扉は堂々ととざされている。土曜日の夜七時からある一シリング六ペンスのダンスとテニスに関する告・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・作者は、ハンスと同じ息づまる条件のなかに暮している官費神学校生徒にハイルナーを見出し、ハンスよりは強烈な闘争的なハイルナーは、脱走という周囲をこわす方法で自身を救い出し、そういうことをしないおとなしい、境遇に対して敏感ではあるが受身なハンス・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
出典:青空文庫