・・・ お絹の夫は腕組みをした手に、時々口髭をひっぱっていた。慎太郎は義兄の言葉の中に、他人らしい無関心の冷たさを感じた。「しかし私が診察した時にゃ、まだ別に腹膜炎などの兆候も見えないようでしたがな。――」 戸沢がこう云いかけると、谷・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ オルガンティノはやむを得ず、不愉快そうに腕組をしたまま、老人と一しょに歩き出した。「あなたは天主教を弘めに来ていますね、――」 老人は静かに話し出した。「それも悪い事ではないかも知れません。しかし泥烏須もこの国へ来ては、き・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ 俊寛様は御文を御置きになると、じっと腕組みをなすったまま、大きい息をおつきになりました。「姫はもう十二になった筈じゃな。――おれも都には未練はないが、姫にだけは一目会いたい。」 わたしは御心中を思いやりながら、ただ涙ばかり拭っ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・しばらくはぼんやり腕組みをしながら、庭の松ばかり眺めていました。が番頭の話を聞くと、直ぐに横から口を出したのは、古狐と云う渾名のある、狡猾な医者の女房です。「それはうちへおよこしよ。うちにいれば二三年中には、きっと仙人にして見せるから。・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・ 時に、当人は、もう蒲団から摺出して、茶縞に浴衣を襲ねた寝着の扮装で、ごつごつして、寒さは寒し、もも尻になって、肩を怒らし、腕組をして、真四角。 で、二間の――これには掛ものが掛けてなかった――床の間を見詰めている。そこに件の大革鞄・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 私は腕組をしてそこを離れた。 以前、私たちが、草鞋に手鎌、腰兵粮というものものしい結束で、朝くらいうちから出掛けて、山々谷々を狩っても、見た数ほどの蕈を狩り得た験は余りない。 たった三銭――気の毒らしい。「御免なして。」 ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ と雑所は、しっかと腕組をして、椅子の凭りに、背中を摺着けるばかり、びたりと構えて、「よく、宮浜に聞いた処が、本人にも何だか分らん、姉さんというのが見知らぬ女で、何も自分の姉という意味では無いとよ。 はじめて逢ったのかと、尋ねる・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ ――いま私は、可恐い吹雪の中を、そこへ志しているのであります―― が、さて、一昨年のその時は、翌日、半日、いや、午後三時頃まで、用もないのに、女中たちの蔭で怪む気勢のするのが思い取られるまで、腕組が、肘枕で、やがて夜具を引被ってまで・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ かつて、船場新聞で相手構わず攻撃の陣を張っていた頃、どこかの用心棒が撲り込みに来たことがあったが、その時お前は部屋の隅にじっと腕組みして、いくらか蒼ざめながら彼等をにらんでいた――あの眼付き、それと、御霊神社の前でチラシを配っていた時・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・蝶子は椅子に腰掛けて、じっと腕組みした。そこへ泪が落ちるまで、大分時間があった。秋で、病院の庭から虫の声もした。 どのくらい時間が経ったか、隙間風が肌寒くすっかり夜になっていた。急に、「維康さん、お電話でっせ」胸さわぎしながら電話口に出・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫