・・・ 婆さんは水口の腰障子を開けると、暗い外へ小犬を捨てようとした。「まあ御待ち、ちょいと私も抱いて見たいから、――」「御止しなさいましよ。御召しでもよごれるといけません。」 お蓮は婆さんの止めるのも聞かず、両手にその犬を抱きと・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・お前さん、中は土間で、腰掛なんか、台があって……一膳めし屋というのが、腰障子の字にも見えるほど、黒い森を、柳すかしに、青く、くぐって、月あかりが、水で一漉し漉したように映ります。 目も夜鳥ぐらい光ると見えて、すぐにね、あなた、丼、小鉢、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 出口の腰障子につかまって、敷居を足越そうとした奈々子も、ふり返りさまに両親を見てにっこり笑った。自分はそのまま外へ出る。物置の前では十五になる梅子が、今鶏箱から雛を出して追い込みに入れている。雪子もお児もいかにもおもしろそうに笑いなが・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・それから門前の豆腐屋がこの鉦を合図に、腰障子をはめる」「門前の豆腐屋と云うが、それが君のうちじゃないか」「僕のうち、すなわち門前の豆腐屋が腰障子をはめる。かんかんと云う声を聞きながら僕は二階へ上がって布団を敷いて寝る。――僕のうちの・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫