・・・それから、芥川賞の記事を読んで、これに就いても、ながいこと考えましたが、なんだか、はっきりせず、病床、腹這いのまま、一文、したためます。 先日、佐藤先生よりハナシガアルからスグコイという電報がございましたので、お伺い申しますと、お前の「・・・ 太宰治 「創生記」
・・・風呂敷で、覆われて在る電燈の光が、部屋をやわらかく湿して、私の机も、火鉢も、インク瓶も、灰皿も、ひっそり休んでいて、私はそれらを、意地わるく冷淡に眺め渡して、へんに味気なく、煙草でも吸おうか、と蒲団に腹這いになりかけたら、また足もとで、ガリ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 突然、次男は蒲団をはねのけ、くるりと腹這いになり、お膳を引き寄せて箸をとり、寝たまま、むしゃむしゃと食事をはじめた。さとはびっくりしたが、すぐに落ちついて給仕した。次男の意外な元気の様子に、ほっと安心したのである。次男は、ものも言わず・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・で、彼はとっさの間に、グラウンドに沿うて木柵によって仕切られている街道まで腹這いになって進んだ。 街道に出ると、彼は木柵を盾にして、グラウンドの灰色の景色をながめた。その時にはもう深谷の姿は見えなかった。彼は茫然として立ちつくした。なぜ・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・(誰バキチが横木の下の所で腹這いのまま云いました。(さあ、知らないよ、バキチだなんて。おれは一向と馬が云いました。」「馬がそう云ったんですか。」「馬がそう云ったそうですよ。わっしゃ馬から聞きやした。(おい、情けないこと云うじゃないか、お・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
・・・ 陽子は、腹這いになっているふき子の目の下を覗いた。茶色の小さい蜘蛛に似た虫が、四本のこれも勿論小さい脚でぱッ、ぱッ、砂を蹴あげながら自分の体を埋めようとしていた。ぱッと蹴る、勢いがよく、いくら髪針の先でふき子が砂の表面へ持ち出しても見・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ まさ子は、床の裾に腹這いになっている千世子の方に目をやり、「何だかいろいろたたまったんで悪かったんだね」と云った。力なく腹のところを折りまげるような姿勢で、「食慾がちっともないんで疲れて」と吐息をついた。 眩しくな・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・彼は高価な寝台の彫刻に腹を当てて、打ちひしがれた獅子のように腹這いながら、奇怪な哄笑を洩すのだ。「余はナポレオン・ボナパルトだ。余は何者をも恐れぬぞ、余はナポレオン・ボナパルトだ」 こうしてボナパルトの知られざる夜はいつも長く明けて・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫