・・・が、ただ先哲、孫呉空は、ごまむしと変じて、夫人の腹中に飛び込んで、痛快にその臓腑を抉るのである。末法の凡俳は、咽喉までも行かない、唇に触れたら酸漿の核ともならず、溶けちまおう。 ついでに、おかしな話がある。六七人と銑吉がこの近所の名代の・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・云々の一言は一層こたえて、佐助の臓腑をえぐり、思わず逃げたのだが、「あ、佐助様、どこへ行かれます」 と楓が追いつくと、さすがに風流男の気取りを、佐助はいち早く取り戻して、怪しげな七五調まじりに、「楓どの、佐助は信州にかくれもなき・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・空の胃袋は痙攣を起したように引締って、臓腑が顛倒るような苦しみ。臭い腐敗した空気が意地悪くむんむッと煽付ける。 精も根も尽果てて、おれは到頭泣出した。 全く敗亡て、ホウとなって、殆ど人心地なく臥て居た。ふッと……いや心の迷の空耳・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ そこには、兎が臓腑を出し、雪を血に紅く染めて小児のように横たわっていた。「俺だってうてるよ。どっか、もう一つ出て来ないかな。」 小村が負けぬ気を出した。「居るよ、二三匹も見えていたんだ。」 二人は、丘を登り、谷へ下り、・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・それゆえこの小説の臓腑といえば、あるひとりの男の三歳二歳一歳の思い出なのである。その余のことは書かずともよい。思い出せば私が三つのとき、というような書きだしから、だらだらと思い出話を書き綴っていって、二歳一歳、しまいにはおのれの誕生のときの・・・ 太宰治 「玩具」
・・・の最後の景において機関車のほえるようなうめくような声が妙に人の臓腑にしみて聞こえる。「パリの屋根の下」で二人の友がけんかをしようとするときに、こわれたレコードのガーガーと鳴り出すその非音楽的な不快な騒音が異常に象徴的な効果をもって場面のやま・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・これはもちろん単純なる女学生の唱歌には相違なかったが、しかし不思議に自分の中にいる日本人の臓腑にしみる何ものかを感じさせられた。それはなんと言ったらいいか、たとえば「アジアの声」を聞くといったような感じであった。アメリカのジャズとドイツのジ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・そして若い柔らかい頭の中から、美に対する正しい感覚を追い出すためにわざわざ考案されたような、いかにもけばけばしい、絵というよりもむしろ臓腑の解剖図のような気味の悪い色の配合が並べられている。このような雑誌を買う事のできないほどに貧乏な子供が・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
私は行李を一つ担いでいた。 その行李の中には、死んだ人間の臓腑のように、「もう役に立たない」ものが、詰っていた。 ゴム長靴の脛だけの部分、アラビアンナイトの粟粒のような活字で埋まった、表紙と本文の半分以上取れた英訳・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・彼の吐いたものは泥の代りに血ににじんだ臓腑であった。 汚ない姿をして、公園に寝ていた、ために、半年の間、ビックリ箱の中に放り込まれた。出るとすぐ跟け廻され、浮浪罪で留置された。それが彼の生活の基調に習慣づけられた。 そうなるため・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
出典:青空文庫