・・・彼は、瞑っても、開けても、その眼で、糜れた臓腑を見た。云わば、彼の神経は彼の体の外側へ飛び出して、彼の眼を透して、彼の体の中を覗いているのだった。 彼は堪えられなかった。苦しみ! と云うようなものではなかった。「魂」が飛び出そうとしてい・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・往来近いところは長い乱れた葦にかくされているが、向う側の小店の人間が捨てる必要のある総ての物――錆腐った鍋、古下駄から魚類の臓腑までをこの沼に投げ込むと見えアセチリン瓦斯の匂いに混って嘔吐を催させる悪臭が漲っている。 蒸気の艫へ、三人か・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・そのうち臓腑が煮え返るようになって、獣めいた叫びが口から出ようとするのを、歯を食いしばってこらえた。たちまち正道は縛られた縄が解けたように垣のうちへ駆け込んだ。そして足には粟の穂を踏み散らしつつ、女の前に俯伏した。右の手には守本尊を捧げ持っ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・切り裂かれた疵口からは怨めしそうに臓腑が這い出して、その上には敵の余類か、金づくり、薄金の鎧をつけた蝿将軍が陣取ッている。はや乾いた眼の玉の池の中には蛆大将が勢揃え。勢いよく吹くのは野分の横風……変則の匂い嚢……血腥い。 はや下ななつさ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫