・・・釣なら僕は外交より自信がある。』と、急に元気よく答えますと、三浦も始めて微笑しながら、『外交よりか、じゃ僕は――そうさな、先ず愛よりは自信があるかも知れない。』私『すると君の細君以上の獲物がありそうだと云う事になるが。』三浦『そうしたらまた・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・了哲の自信は、怪しくなったらしい。「手前たちの思惑は先様御承知でよ。真鍮と見せて、実は金無垢を持って来たんだ。第一、百万石の殿様が、真鍮の煙管を黙って持っている筈がねえ。」 宗俊は、口早にこう云って、独り、斉広の方へやって行った。あ・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・そしてこの老年の父をそれほどの目に遇わせても平気でいられるだけの自信がまだ彼のほうにもできてはいなかった。だから本当をいうと、彼は誰に不愉快を感じるよりも、彼自身にそれを感じねばならなかったのだ。そしてそれがますます彼を引込み思案の、何事に・・・ 有島武郎 「親子」
・・・しかしながら、彼らが十分の自覚と自信をもって哲学なり、芸術なりにたずさわっていると主張するなら、彼らは全く自分の立場を知らないものだ」という意味を言われたのを記憶する。私はその時、すなおに氏の言葉を受け取ることができなかった。そしてこういう・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・ 爺は股引の膝を居直って、自信がありそうに云った。「うんや、鳥は悧巧だで。」「悧巧な鳥でも、殺生石には斃るじゃないか。」「うんや、大丈夫でがすべよ。」「が、見る見るあの白い咽喉の赤くなったのが可恐いよ。」「とろりと旨・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・いまは、もはや、どんなに大きな風が吹いても倒れはしないという自信がもてるようになりました。「野原の一本松。」 空をゆく雲や、頭の上を飛ぶ小鳥たちが、それを認めたばかりでない。ここを通る百姓もそういって呼べば、村の子供たちもみんな・・・ 小川未明 「曠野」
・・・ 吉坊は、学校で走りっこをすると、選手にもそんなに負けないので、走ることにかけては自信を持っていました。「自転車さえなければ、いいんだがなあ。」と、吉坊は、考えていました。 けれど、家に帰ると、やはり、清ちゃんや、徳ちゃんたちが・・・ 小川未明 「父親と自転車」
・・・高校生に憧れて簡単にものにされる女たちを内心さげすんでいたが、しかし最後の三日目もやはり自信のなさで体が震えていた。唄ってくれと言われて、紅燃ゆる丘の花と校歌をうたったのだが、ふと母親のことを頭に泛べると涙がこぼれた。学資の工面に追われてい・・・ 織田作之助 「雨」
・・・角という大駒一枚落しても、大丈夫勝つ自信を持っていた坂田が、平手で二局とも惨敗したのである。 坂田の名文句として伝わる言葉に「銀が泣いている」というのがある。悪手として妙な所へ打たれた銀という駒銀が、進むに進めず、引くに引かれず、ああ悪・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・そしてとにかく彼は私なぞとは比較にならないほど確乎とした、緊張した、自信のある気持で活きているのだということが、私を羨ましく思わせたのだ。 私はまた彼の後について、下宿に帰ってきた。そして晩飯の御馳走になった。私は主人からひどく叱られた・・・ 葛西善蔵 「遁走」
出典:青空文庫