・・・遺書には敵の消息と自刃の仔細とが認めてあった。「私儀柔弱多病につき、敵打の本懐も遂げ難きやに存ぜられ候間……」――これがその仔細の全部であった。しかし血に染んだ遺書の中には、もう一通の書面が巻きこんであった。甚太夫はこの書面へ眼を通すと、お・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ もし悟れなければ自刃する。侍が辱しめられて、生きている訳には行かない。綺麗に死んでしまう。 こう考えた時、自分の手はまた思わず布団の下へ這入った。そうして朱鞘の短刀を引き摺り出した。ぐっと束を握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たい刃・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・もやはり自分のように他人の意志によってあちらへ動かされ、こちらへ動かされするはかないものであって見れば、後に生き永らえさせることも哀れと思うからというはっきりした遺書をのこして、娘たちをわが手にかけて自刃したのであった。当時の周囲から求めら・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
出典:青空文庫