・・・椿年歿して後は高久隆古に就き、隆古が死んでからは専ら倭絵の粉本について自得し、旁ら容斎の教を受けた。隆古には殊に傾倒していたと見えて、隆古の筆意は晩年の作にまで現れていた。いわゆる浅草絵の奔放遒勁なる筆力は椿年よりはむしろ隆古から得たのであ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・従って、これらの文学よりの教化は、概念的の指導でなく、また強圧的な教訓でもなく、全く、体験に訴え、自得し、自治せしむるところにあるのであります。 以上を要約するに、現実に立脚した、奔放不覊なる、美的空想を盛り、若しくは、不可思議な郷・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・強制、強圧を排して、自治、自得に重きを置くはこのためです。 その最もいゝ例は、おじいさんや、おばあさんが、毎日、毎夜同じお話を孫達に語ってきかせて、孫達は、いくたびそれを聞いても、そのたびに新しい興味を覚えて飽きるを知らざるも、魂の接触・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・嘘をつく快楽が同時に真実への愛であることを、彼は大いに自得すべきである。由来、酒を飲む日本の小説家がこの間の事情にうといことが、日本の小説を貧困にさせているのかも知れない。 日本の文壇というものは、一刀三拝式の心境小説的私小説の発達に数・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・仰向けた茶わんとうつ向けた同じ茶わんとが同一物である事を自得するまでにはかなりな経験を重ねなければならぬ。吾人普通の感官を備えた人間がこのような相違に気のつかぬのは遺伝や長い間の経験によって、外界の標準を外界に置いて非常に複雑な修練と無意識・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・に至るまでも、専ら西洋流の文明開化に倣わんとして怠ることなく、これを欣慕して二念なき精神にてありながら、独りその内行の問題に至りては、全く開明の主義を度外に放棄して、純然たる亜細亜洲の旧慣に従い、居然自得して眼中また西洋なきが如くなるの一事・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・なおはなはだしきは、医は意なりと公言して、医術は憶測に出ずるものかと誤まり認め、無稽の漢薬を服して自得する者あり。その愚の極度にいたりては、売薬をなめて万病を医せんと欲する者あり。上等社会にしてその知識の卑しきこと、実に驚くに堪えたり。・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・彼また名利に走らず、聞達を求めず、積極的美において自得したりといえども、ただその徒とこれを楽しむに止まれり。 一年四季のうち春夏は積極にして秋冬は消極なり。蕪村最も夏を好み、夏の句最も多し。その佳句もまた春夏の二季に多し。これすでに人に・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・また、幼年時代から学校で、職場で共に働いている今のソヴェト同盟の若い連中は、男女の評価の標準をどこにおくかということを真実にハッキリ自得しはじめている。 レーニンは、性関係の一時混乱した一九一八年時代に、正しい批判と予言とをそのことにつ・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
出典:青空文庫