・・・まで、おたふく、おたふくと言って、すべてに自信が無い態を装っていたが、けれども、やはり自分の皮膚だけを、それだけは、こっそり、いとおしみ、それが唯一のプライドだったのだということを、いま知らされ、私の自負していた謙譲だの、つつましさだの、忍・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・こういう思い違いをすることも、しかし何かやはり人間に必要なことであるかもしれない。こういう自負心のおかげで科学が進歩し社会も進展するのかもしれない。 池にはめだかとみずすましがすんでいる。水中のめだかの群れは、頭上の水面をみずすましが駆・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・私にはそれが自負の言葉だとはどうしても思われなくて、かえってくすぐったさに悩む余りの愚痴のようにも聞きなされる。これはあまりの曲解かもしれない。しかしそういう解釈も可能ではある。 二 科学上の学説、ことに一人の生・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・そしてわれわれがわずかばかりな文明に自負し、万象を征服したような心持になって、天然ばかりか同胞とその魂の上にも自分勝手な箸を持って行くような事をあえてする、それが一段高いところで見ている神様の目にはずいぶん愚かな事に見えはしまいか。ついこん・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・私が簔虫を駆除しなければ、今に楓の葉は食い尽くされるだろうと思ったのは、あまりにあさはかな人間の自負心であった。むしろただそのままにもう少し放置して自然の機巧を傍観したほうがよかったように思われて来たのである。簔虫にはどうする事もできないこ・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・それで少々得意になったので外国へ行っても金が少なくっても一箪の食一瓢の飲然と呑気に洒落にまた沈着に暮されると自負しつつあったのだ。自惚自惚! こんな事では道を去る事三千里。まず明日からは心を入れ換えて勉強専門の事。こう決心して寝てしまう。・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・いかなる人の自負心をもつてしても、十九世紀以来の地上で、ニイチェと競争することは絶望である。 ニイチェの著書は、しかしその難解のことに於て、全く我々読者を悩ませる。特に「ツァラトストラ」の如きは、片手に註解本をもつて読まない限り、僕等の・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・拙著『時事小言』の第四編にいわく、「ひっきょう、支那人がその国の広大なるを自負して他を蔑視し、かつ数千年来、陰陽五行の妄説に惑溺して、事物の真理原則を求むるの鍵を放擲したるの罪なり。天文をうかがって吉兆を卜し、星宿の変をみて禍福を憂・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・それにわたくしには可笑しい自負心がございますの。それはわたくしが十六年前にあなたにいたしたような、はにかみながらのキスに籠もっているほどの物を、どの女もあなたに捧げることは出来まいと存じているのでございます。 わたくしはこんな夢を見て暮・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・という小説は、作品としては問題にするべきいくつかの点をもっているけれども、あのころ、わが身を庇うために、日本の知識人がどのくらい自負をすて卑劣になり、破廉恥にさえなっていたかという姿だけは、示しえている。 個人の問題ではなく、文学の置か・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
出典:青空文庫