・・・も、窓にも縁にも一杯の、川向うの山ばかりか、我が家の町も、門も、欄干も、襖も、居る畳も、ああああ我が影も、朦朧と見えなくなって、国中、町中にただ一条、その桃の古小路ばかりが、漫々として波の静な蒼海に、船脚を曳いたように見える。見えつつ、面白・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 姉さん、そうすると、その火がよ、大方浪の形だんべい、おらが天窓より高くなったり、船底へ崖が出来るように沈んだり、ぶよぶよと転げやあがって、船脚へついて、海蛇ののたくるようについて来るだ。」「………………」「そして何よ、ア、ホイ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・郵船会社の汽船は半分荷物船だから船足がおそいのに、なぜそれをえらんだのかと私が聞いたら、先生はいくら長く海の中に浮いていても苦にはならない、それよりも日本からベルリンまで十五日で行けるとか十四日で着けるとかいって、旅行が一日でも早くできるの・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・ けれ共、その中央の深さは、その土地のものでさえ、馬鹿にはされないほどで、長い年月の間に茂り合った水草は小舟の櫂にすがりついて、行こうとする船足を引き止める。 粘土の浅黒い泥の上に水色の襞が静かにひたひたと打ちかかる。葦に混じって咲・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫