・・・それはまあ、どうでもいいが、お前にいま、亭主、というのか色男というのか、そんなのがあるというのは、事実だな?いいじゃあないの、そんな事は。なんにも言わなけあよかった。 お前が言わなくたって、どこからともなくおれの耳にはいって来る・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・そうして読みながら、こんなに女から思われている色男は、いったい何者だろうかとの好奇心を、最後の一行が尽きて、名あての名が自分の目の前に現われるまで引きずっていった。ところがこの好奇心が遺憾なく満足されべき画竜点睛の名前までいよいよ読み進んだ・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・別品といい色男といい、愉快といい失策というが如き、様々の怪語醜言を交え用いて、いかなる談話を成すや。酔狂喧嘩の殺風景なる、固より厭うべしといえども、花柳談の陰醜なるは酔狂の比にあらざるなり。もしも外国人の中に、日本語に通ずること最も巧みにし・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ちょうど世話物の三幕目でいざと云う場になる前に、色男の役をする俳優が身繕いをすると云う体裁である。 はてな。誰も客間には這入って来ない。廊下から外へ出る口の戸をしずかに開けて、またしずかに締めたらしい。中庭を通り抜ける人影がある。それが・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・のろけをいうほどの色話はないが、緑酒紅燈天晴天下一の色男のような心持になったこともある。しかしそれは何だ。色気と野心、我輩を支配して居った所の色気と野心、それは何であるか。ちょっとすれちがいに通って女に顔を見られた時にさえ満面に紅を潮して一・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫