・・・その玄関の燈を背に、芝草と、植込の小松の中の敷石を、三人が道なりに少し畝って伝って、石造の門にかかげた、石ぼやの門燈に、影を黒く、段を降りて砂道へ出た。が、すぐ町から小半町引込んだ坂で、一方は畑になり、一方は宿の囲の石垣が長く続くばかりで、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 線路のへりになったみじかい芝草の中に、月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍らせて云いました。「もうだめだ。あ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 嘉十は芝草の上に、せなかの荷物をどっかりおろして、栃と粟とのだんごを出して喰べはじめました。すすきは幾むらも幾むらも、はては野原いっぱいのように、まっ白に光って波をたてました。嘉十はだんごをたべながら、すすきの中から黒くまっすぐに立っ・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・しめりかけの芝草がうっとりする香を放つ。野生の野菊の純白な花、紫のイリス、祖母と二人、早い夕食の膳に向っていると、六月の自然が魂までとけて流れ込んで来る。私はうれしいような悲しいような――いわばセンチメンタルな心持になる。祖母は八十四だ。女・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・午ごろ、お濠ばたを通りかかると一時間の休み時間を金のかからない外気の中で過そうとするあの辺の諸官庁会社の、主として若い連中が三々五五、芝草の堤にもたれたり、お濠の水を眺めたりしている。なかに、小型写真機を胸の前にもって、松の樹の下に佇んでい・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・が、初茸は芝草のない灌木の下でも見いだすことができる。そういうところでなるべく小さい灌木の根元を注意すると、枯れ葉の下から黄茸や白茸を見いだすこともできる。その黄色や白色は非常に鮮やかで輝いて見える。さらにまれには、しめじ茸の一群を探しあて・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫