・・・ここに内発的と云うのは内から自然に出て発展するという意味でちょうど花が開くようにおのずから蕾が破れて花弁が外に向うのを云い、また外発的とは外からおっかぶさった他の力でやむをえず一種の形式を取るのを指したつもりなのです。もう一口説明しますと、・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻した。自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。第二夜 こんな夢を見た。・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・酒があんなに湧きあがり波を立てたり渦になったり花弁をあふれて流れてもあのチュウリップの緑の花柄は一寸もゆらぎはしないのです。さあも一つおやりなさい。」「ええ、ありがとう。あなたもどうです。奇麗な空じゃありませんか。」「やりますとも、・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・ 気晴しにマンドリンを弾く。 左の第二指に出来た水ぶくれが痛んで音を出し辛い。 すぐやめて仕舞う。 西洋葵に水をやって、コスモスの咲き切ったのを少し切る。 花弁のかげに青虫がたかって居た。 気味が悪いから鶏に投げてや・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・午後五時いまだ淡雪の消えかねた砂丘の此方部屋を借りる私の窓辺には錯綜する夜と昼との影の裡に伊太利亜焼の花壺タランテラを打つ古代女神模様の上に伝説のナーシサスは純白の花弁を西風にそよがせほのかに わが幻想を・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・その時すぐ思ったけれ共大方はもう花弁を閉じてしまって居たので同じ取るんならあしたまだ花の目を覚したばっかりの処を取った方が好いと思って仙二は何となし胸のおどる様な気持でその晩は床に入ったのだった。 青い空とみどりの木の梢を見ながら娘が垣・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・すると先刻までは何処に居たのか水音も為せなかった沢山の軽舸が、丁度流れ寄る花弁のように揺れながら、燈影の華やかなパゴラの周囲に漂い始めます。そして、或者は低い口笛に合わせながら、或者は旋律に合わせて巧な櫂を操りながら、時を忘れて、水に浮ぶの・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・九 伊庭孝君が今一つ指摘してくれられたのは、第一部でグレエトヘンが花占をする時、花弁をむしる、あの花弁である。あれが原文にブレッテルとしてあったので、私は葉と訳した。それは後に牧野富太郎君に尋ねて知るまで、あの植物の形をはっ・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・掻けば花弁を踏みにじったような汁が出た。乾けば素焼のように素朴な白色を現した。だが、その表面に一度爪が当ったときは、この湿疹性の白癬は、全図を拡げて猛然と活動を開始した。 或る日、ナポレオンは侍医を密かに呼ぶと、古い太鼓の皮のように光沢・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・何だろうとその音のする方をうかがって見たりなどしながら、また目前の蕾に目を返すと、驚いたことには、もう二ひら三ひら花弁が開いている。やがてはらはらと、解けるように花が開いてしまう。この時には何の音もしない。最初二ひら三ひら開いたときには、つ・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫