・・・ただ花輪の菊が、その中でうずたかく、白いものを重ねている。――式はもう誦経がはじまっていた。 僕は、式に臨んでも、悲しくなる気づかいはないと思っていた。そういう心もちになるには、あまり形式が勝っていて、万事がおおぎょうにできすぎている。・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・家々の窓からは花輪や国旗やリボンやが風にひるがえって愉快な音楽の声で町中がどよめきわたります。燕はちょこなんと王子の肩にすわって、今馬車が来たとか今小児が万歳をやっているとか、美しい着物の坊様が見えたとか、背の高い武士が歩いて来るとか、詩人・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 海は、一つの大きな、不思議な麗しい花輪であります。青年は、口笛を吹いて、刻々に変化してゆく、自然の惑わしい、美しい景色に見とれていました。「昨夜も同じ夢を見た。はじめは白鳥が、小さな翼を金色にかがやかして、空を飛んでくるように思え・・・ 小川未明 「希望」
・・・ おかあさんはまた入り口の階段を上ってみますと、はえしげった草の中に桃金嬢と白薔薇との花輪が置いてありましたが、花よめの持つのにしては大き過ぎて見えました。 それから露縁に上って案内をこうてみました。 答える人はありませんので住・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・そのときには、私の家の人たちは、その記念写真の右上に白い花環で囲んだ私の笑顔を写し込む。 けれども、それは、三年、いやいや、五年十年あとのことになるかも知れない。私は田舎では、相当に評判がわるい男にちがいないのだから、家ではみんな許した・・・ 太宰治 「花燭」
・・・昭和通りに二つ並んで建ちかかっている大ビルディングの鉄骨構造をねらったピントの中へ板橋あたりから来たかと思う駄馬が顔を出したり、小さな教会堂の門前へ隣のカフェの開業祝いの花輪飾りが押し立ててあったり、また日本一モダーンなショーウィンドウの前・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ この抗議のはがきの差出人は某病院外科医員花輪盛としてあった。この姓名は臨時にこしらえたものらしい。 この三月にはまた次のような端書が来た。「始めて貴下の随筆『柿の種』を見初めまして今32頁の鳥や魚の眼の処へ来ました、何でも・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・観客から贔屓の芸人に贈る薬玉や花環をつくる造花師が入谷に住んでいた。この人も三月九日の夜に死んだ。初め女房や娘と共に大通りへ逃げたが家の焼けるまでにはまだ間があろうと、取残した荷物を一ツなりとも多く持出そうと立戻ったなり返って来なかったとい・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・わたくしはまた紙でつくった花環に銀紙の糸を下げたり、張子の鳩をとまらせたりしているのを見るごとに、わたくしは死んでもあんな無細工なものは欲しくないと思っている。白い鳩は基督教の信徒には意義があるかも知れないが、然らざるものの葬儀にこれを贈る・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・君見よと宵に贈れる花輪のいつ摧けたる名残か。しばらくはわが足に纏わる絹の音にさえ心置ける人の、何の思案か、屹と立ち直りて、繊き手の動くと見れば、深き幕の波を描いて、眩ゆき光り矢の如く向い側なる室の中よりギニヴィアの頭に戴ける冠を照らす。輝け・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫