・・・ むきだしな花道の端れでは、出を待っている山賊の乾児が酔った爺にくどくど纏いつかれている。眼隈を黒々ととり、鳥肌立って身震いしながら「いやだよ、うるさい」とすねていた女は、チョン、木が入ると急に、「御注進! 御注進!」と男の声を・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・ 犬の遠吠我はおびへぬあるまゝにうつす鏡のにくらしき 片頬ふくれしかほをのぞけば ひな勇を思ひ出してソトなでゝ涙ぐみけり青貝の 螺鈿の小箱光る悲しみ紫のふくさに包み花道で もらひし小箱今はかたみよ・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・ 京子は市村座の様な芝居がすきだと云って、 ねえまあ考えて御覧なさい、 丸の内にはない花道がありますよ。 いきななりをした男衆が幕を引いて行く時の気持、提灯のならんだ緋の棧敷に白い顔のお酌も見られますよ。 どんなに芝・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫