・・・あとできけば、浜子はもと南地の芸者だったのを、父が受けだした、というより浜子の方で打ちこんで入れ揚げたあげく、旦那にあいそづかしをされたその足で押しかけ女房に来たのが四年前で、男の子も生れて、その時三つ、新次というその子は青ばなを二筋垂らし・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ もっとも、私はいつかあるお茶屋で、お内儀が芸者と次のような言葉をやりとりしているのを、耳にした時は、さすがに魅力を感じた。「桃子はん、あんた、おいやすか、おいにやすか。オーさん、おいやすお言いやすのどっせ。あんたはん、どないおしや・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・……まるで芸者屋のお女将でも着そうな羽織じゃないか」風々主義者の彼も、さすが悪い気持はしないといった顔してこう言った。 私は、原口のように「それでは僕も明日の晩は失敬するからね」と思いきりよく挨拶して帰りえないで、ぐずぐずと、彼と晩飯前・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・「否エ妾になれって明白とは言わないけれど、妾々ッて世間で大変悪く言うが芸者なんかと比較ると幾何いいか知れない、一人の男を旦那にするのだからって……まあ何という言葉でしょう……私は口惜くって堪りませんでしたの。矢張身を売るのは同じことだと・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ダンサー、女給、仲居、芸者等いわゆる玄人の女性は気をつけねばならぬ。ことに自分より年増の女は注意を要する。 男女交際と素人、玄人 日本では青年男女の交際の機会が非常に限られていることは不便なことだ。そのためにレデ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・遊客も芸者の顔を見れば三弦を弾き歌を唄わせ、お酌には扇子を取って立って舞わせる、むやみに多く歌舞を提供させるのが好いと思っているような人は、まだまるで遊びを知らないのと同じく、魚にばかりこだわっているのは、いわゆる二才客です。といって釣に出・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・あの頃にもう旦那と関係した芸者は幾人となくあって、その一人に旦那の子が生れた。おげんがそれを自分の手で始末しないばかりに心配して、旦那の行末の楽みに再びこの地方へと引揚げて来た頃は、さすが旦那にも謹慎と後悔の色が見えた。旦那の東京生活は結局・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 喫茶店で、葡萄酒飲んでいるうちは、よかったのですが、そのうちに割烹店へ、のこのこはいっていって芸者と一緒に、ごはんを食べることなど覚えたのです。少年は、それを別段、わるいこととも思いませんでした。粋な、やくざなふるまいは、つねに最も高・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・君は二十九歳十カ月くらいのところだね。芸者ひとり招べない。碁ひとつ打てん。つけられた槍だ。いつでもお相手するが、しかし、君は、佐藤春夫ほどのこともない。僕は、あの男のためには春夫論を書いた。けれども、君に対しては、常に僕の姿を出して語らなけ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ こういうものの並んでいる間に散点してまた実に昔のままの日本を代表する塩煎餅屋や袋物屋や芸者屋の立派に生存しているのもやはり印画記録の価値が充分にある。 六国史などを読んで、奈良朝の昔にシナ文化の洪水が当時の都人士の生活を浸したころ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
出典:青空文庫