・・・が、汎濫した欧化の洪水が文化的に不毛の瘠土に注いで肥饒の美田となり、新たに植樹した文明の苗木が成長して美果を結んだのは争えない。少くも今日の新らしい文芸美術の勃興は当時の欧化熱に負う処があった。 井侯以後、羹に懲りて膾を吹く国粋主義は代・・・ 内田魯庵 「四十年前」
年郎くんと、吉雄くんは、ある日、学校の帰りにお友だちのところへ遊びにゆきました。そのお家には、一本の大きないちじゅくの木があって、その木の枝を差して造った苗木が、幾本もありました。「この木を持ってゆかない? 二、三年もたつと実がた・・・ 小川未明 「いちじゅくの木」
・・・という種類の楓の苗木をたくさんに取り寄せ、それを邸内のあちこちに植えつけた。自分が高等学校入学とともに郷里を離れ、そうして夏休みに帰省して見るたびに、目立ってそれが大きくなっているのであった。しかし肝心のもみじ時にはいつでも国にいないので、・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・この頃、銀座通に柳の苗木が植付けられた。この苗木のもとに立って、断髪洋装の女子と共に蓄音機の奏する出征の曲を聴いて感激を催す事は、鬢糸禅榻の歎をなすものの能くすべき所ではない。巴里には生きながら老作家をまつり込むアカデミイがある。江戸時代に・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・「地の平和の緑樹園、安行植木苗木地帯を往く」などで、生活的・文学的感覚を社会的にひろめ深めてゆこうと努力している点で注目をひいている『埼玉文学』にしろ、同人たちは、より人間らしい社会生活の確保と、その文学の確立のために尽力してゆくという大き・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・あっちには、彼女が苗木の時から面倒を見ていた桐畑、茶畑があった。話対手の年寄達もいるし、彼女達を聴手とすれば、祖母は最新知識の輸入者となれた。行きたくなると、彼女は、息子や孫のいるところで、思いあまったように呟いた。「おりゃあはあ、安積・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
出典:青空文庫