物が新しくそこに生れるという事は、古い形が破壊されたということを意味するに他ならない。単に破壊というと不自然のように感ずるけれども、創造というと、人々には美わしい事実のように思われる。若しも古いものが其のまゝ形を変えたものであったなら・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・鮨でも漬けたように船に詰込れて君士但丁堡へ送付られるまでは、露西亜の事もバルガリヤの事も唯噂にも聞いたことなく、唯行けと云われたから来たのだ。若しも厭の何のと云おうものなら、笞の憂目を見るは愚かなこと、いずれかのパシャのピストルの弾を喰おう・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「俺ら、若しもの場合に、銃を持って行くから、お前、手ぶらで来て呉れんか。」と、浜田は、後藤に云った。「銃を持った日にや、薪は皆目かつがれやしねえからな。」「大丈夫かい。二人で?」大西は不安げな顔をした。「うむ、大丈夫さ」 だ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・そのために、そこに打ち込まれることを恐れて、若しも運動が躊躇されると考えるものがいるとしたら、俺は神にかけて誓おう――「全く、のん気なところですよ。」と。 第一、俺は見覚えの盆踊りの身振りをしながら、時々独房の中で歌い出したものだ―・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・の上田のところへ、母が出掛けて行ったの。若しも上田の進ちゃんまでやられたとすれば、事件としても只事でない事が分るし、又若しまだやって来ていないとすれば、始末しなければならない事もあるだろうし、直ぐ知らせなければならない人にも、知らせることが・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・夫にして仮初にも人情あらば、離縁は扨置き厚く看護して、仮令い全快に至らざるも其軽快を祈るこそ人間の道なれ。若しも妻の不幸に反して夫が癩病に罹りたらば如何せん。妻は之を見棄てゝ颯々と家を去る可きや。我輩に於ては甚だ不同意なり。否な記者先生も或・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・例えば世の中に普通なる彼の百人一首の如き、夢中に読んで夢中に聞けばこそ年少女子の為めに無害なれども、若しも一々これを解釈して詳に今日の通俗文に翻訳したらば、婬猥不潔、聞くに堪えざること俗間の都々一に等しきものある可し。唯都々一は三味線に撥を・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 義母はんは、若しもの時はそうきめて御出でやはるんえきっと。 恭二は、行末の知れて居る様な傾いた実家を思うと、金の無心も出来ず、まして、他の人達のする様にそっと母親の小遣いを曲げてもらうなどと云う事も、母の愛の薄いために此家へ来・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ よし見すてたとしても心をせめる或る物が有るに違いない。 私はM子に死ぬまでの友達である事を望むのである。 若しも――若しも彼の人が私からはなれる様な事があっても私だけは……と思うのである。 それがはたして行われる事かどうか・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・ほかの家のかきねなんかにもあの可愛いようなかわいくないような花が見え出して居るのにと気が気でないながらも私は、「あのいつものが咲くまで私はほかのを植えずにまってよう、若しも出た時にすまないような気がするから」 こんな事を思いながら一・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫