・・・春は若草、薺、茅花、つくつくしのお精進……蕪を噛る。牛蒡、人参は縦に啣える。 この、秋はまたいつも、食通大得意、というものは、木の実時なり、実り頃、実家の土産の雉、山鳥、小雀、山雀、四十雀、色どりの色羽を、ばらばらと辻に撒き、廂に散らす・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・水も清く周囲の岡も若草の緑につつまれて美しい、渚には真菰や葦が若々しき長き輪郭を池に作っている。平坦な北上総にはとにかく遊ぶに足るの勝地である。鴨は真中ほどから南の方、人のゆかれぬ岡の陰に集まって何か聞きわけのつかぬ声で鳴きつつある。御蛇が・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・そして、しばらくたつとまた、若草が芽をふいて、陽炎のたつ、春がめぐってきたのであります。 お城の内には、花が咲き乱れました。みつばちは太陽の上る前から、花の周囲に集まって、羽を鳴らして歌っていました。ほんとうに、のびのびとした、いい日和・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・の続篇を「若草」の十月号に書きましたが、この中に「私」はもう前二作の「私」でない、僕もいろいろに思案もし、迷っているのです。自作を語るどころの騒ぎではないようです。 以上御返事まで。・・・ 織田作之助 「吉岡芳兼様へ」
・・・ 泣いたのと暴れたので幾干か胸がすくと共に、次第に疲れて来たので、いつか其処に臥てしまい、自分は蒼々たる大空を見上げていると、川瀬の音が淙々として聞える。若草を薙いで来る風が、得ならぬ春の香を送って面を掠める。佳い心持になって、自分は暫・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・前夜の雨がカラリとあがって、若草若葉の野は光り輝いている。 六人の一人は巡査、一人は医者、三人は人夫、そして中折れ帽をかぶって二子の羽織を着た男は村役場の者らしく、線路に沿うて二三間の所を行きつもどりつしている。始終談笑しているのが巡査・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・あらゆる記憶が若草のように蘇生る時だ。楽しい身体の熱は、妙に別れた妻を恋しく思わせた。 夕飯の頃には、針仕事に通って来ている婦も帰って行った。書生は電話口でしきりとガチャガチャ音をさせていた。電燈の点いた食堂で、大塚さんは例の食卓に対っ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・庭の若草の芽も一晩のうちに伸びるような暖かい春の宵ながらに悲しい思いは、ちょうどそのままのように袖子の小さな胸をなやましくした。 翌日から袖子はお初に教えられたとおりにして、例のように学校へ出掛けようとした。その年の三月に受け損なったら・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・魚容も真似して大きく輪を描いて飛びながら、脚下の孤洲を見ると、緑楊水にひたり若草烟るが如き一隅にお人形の住家みたいな可憐な美しい楼舎があって、いましもその家の中から召使いらしき者五、六人、走り出て空を仰ぎ、手を振って魚容たちを歓迎している様・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ その若草という雑誌に、老い疲れたる小説を発表するのは、いたずらに、奇を求めての仕業でもなければ、読者へ無関心であるということへの証明でもない。このような小説もまた若い読者たちによろこばれるのだと思っているからである。私・・・ 太宰治 「雌に就いて」
出典:青空文庫