・・・その川をわたる本郷台までの間が一面の田圃と畑で、春にはそこに若草も生え、れんげ草も咲いた。漱石の三四郎が、きょうの読者の感覚でみればかなり気障でたまらない美禰子という美しい人に、当時の文展がえりを散歩に誘われ、この辺の田端田圃のどこかの草原・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・の夕 〔無題〕カガヤケ かがやけ可愛い御星あなたは一体どんな人そんなにたのしくキラキラと天のダイヤモンド そのように……偉いお日さんが落ちたあとしない内気な若草が夜つゆにしめる其の時に貴方・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・ 昔『若草』という雑誌に「紅い玉」というおけいちゃんの思い出をかいたことがあった。もし、そんなものでもよんで便りをくれはしまいかと、その期待の心もその文章には書きあらわしたが、何のおとさたもなかった。富豪の思いものとなったのが本当なら、・・・ 宮本百合子 「なつかしい仲間」
・・・凝っと見ていると、翠の若草が、黄色い去年の草を蔽い隠してしまうかと疑われる程でした。私が若しも歌人でしたら、そこで幾首かは詠めたでしょう! そこから又八幡神社を抜けて行くと、古い建物のあと――東塔といって昔七重の高塔で頗る壮麗なものであ・・・ 宮本百合子 「「奈良」に遊びて」
・・・は云え風流ごのみは流石京の公卿、広やかな邸の内、燈台の影のないのはおぼろおぼろの春の夜の月の風情をそこなってはと遠くしりぞけられて居るためで、散りもそめず、さきものこらず、雲かとまがう万朶の桜、下には若草のみどりのしとね、上には紅の花の雲、・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・で散々囲りの若草はふみにじられ、池の周囲に堤を築かれ堤の内面はコンクリートでかためられ、外面には芝を植えられて「この池の魚釣る事無用」「みだりに入るべからず」と云う立札が立ち、役人のいる処や、標示板の立ったはもう二年ほど前の事である。 ・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫