・・・「元はもっと、きっぱりとしていて、今のように苦労性でなかったよ。近頃はばかに気が弱くなった、おとよさんは」 おとよは、長くはっきりした目に笑みを湛えてわきを見ている。「それも省さんがあんまりおとよさんに苦労さしたからさ」「そ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・少し苦労性な素質の人だと自分の中の悪い方のをより強く共鳴させて痛みを感ずる。それが少しペルヴェースな性質の人になると、わざわざその痛みを増大させる事に愉快を感ずる。もしわれわれが自分の中のすべての「人形」すべての「共鳴器」をありのままに認識・・・ 寺田寅彦 「スパーク」
・・・あの人も苦労性だから、やッぱし気になると見えるよ」「そう。西宮さんには私しゃ実に顔が合わされないよ。だがね、今日は急に西宮さんに逢いたくなッてね……。二三日おいでなさらないんじゃア……。今度おいでなさッたらね、私がこう言ッてたッて、後生・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・あとにのこった若い殿の後見をしながら段々年頃になって行く大切の三人の片はつけずばならず、末の長い弟君にも出来るだけ出世をさせたしと年をとってよけいに苦労性になった後室はそのことばっかりを苦にやんで居る。「いっそ一思いに三人を京にのぼせよ・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・これは苦労性の人には出来ぬ事かも知れない。私の性質と境遇とが、却て比較的短日月の間にそれをさせたのだと云っても好いかも知れない。二 ファウストの善本は無論ゾフィインアウスガアベである。私はそれを持っている。然るに私は零砕の時・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫