・・・こうしたところには、彼等の天性の美を見ることも出来なければ、造物主が彼等によって示さんとした天賦の叡智、敏感、正直さというようなものも、ついに知られずにしまったのであります。もしこの世の中に、彼等を心から愛する、文学者、芸術家、若くは真理に・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・ 生命の法則についての英知があって、かつ現代の新生活の現実と機微とを知っている男女はこの二つの見方を一つの生活に融かして、夫婦道というものを考えばならぬ。 人間が、文化と、精神と霊とを持っているのでなかったら夫婦道というものは初めか・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・カントは人間の英知的性格の中にその源を求めた。しかし自由を現象界から駆逐して英知的の事柄としたのでは、一般にカントの二元論となり終わり、われわれの意識を超越した英知的性格の行為にわれわれが責任を持つということが無意味になってしまう。 ハ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・しかし生の真理の重要な部分はむしろ非合理的の構造を持ち、それを把握するためにはそれに対応する直観的英知によらねばならぬ。さらに生の真理の最深部は啓示によるのでないならとらえることができぬ。否それはわれわれがとらえるのでなく、とらえられるので・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・信心の英知の目をみ開いた女性ほど尊いものはないのである。そうでないとどんなに利口で、才能があり、美しくても何か足りない。しかも一番深いものが足りない。また普通にいって品行正しい、慈愛深いというだけでもやはりいま一息である。その正しいとか、い・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・そこに人間の最も人間らしい悩みの中心課題があり、そこからまた従って英知とか諦めとか悟りとかいうものが育ってくるのである。人生の離合によって鍛えられない霊魂の遍歴というものは恐らくないであろう。 合うとか離れるとかいうことは実は不思議なこ・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・かつて叡智に輝やける眉間には、短剣で切り込まれたような無慙に深い立皺がきざまれ、細く小さい二つの眼には狐疑の焔が青く燃え、侍女たちのそよ風ほどの失笑にも、将卒たちの高すぎる廊下の足音にも、許すことなく苛酷の刑罰を課した。陰鬱の冷括、吠えずし・・・ 太宰治 「古典風」
・・・の女は、奴隷とか、自己を無視している虫けらとか、人形とか、悪口言われているけれど、いまの私なんかよりは、ずっとずっと、いい意味の女らしさがあって、心の余裕もあったし、忍従を爽やかにさばいて行けるだけの叡智もあったし、純粋の自己犠牲の美しさも・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・つくづく私は、この十年来、感傷に焼けただれてしまっている私自身の腹綿の愚かさを、恥ずかしく思った。叡智を忘れた私のきょうまでの盲目の激情を、醜悪にさえ感じた。 けだものの咆哮の声が、間断なく聞える。「なんだろう。」私は先刻から不審で・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。マタイ十章、二八、「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ」この場合の「懼る」は、「畏敬」の意にちかいようです。このイエスの言に、霹靂を感ずる事が・・・ 太宰治 「トカトントン」
出典:青空文庫