・・・枯々としたマロニエの並木の間に冬が来ても青々として枯れずに居る草地の眺めばかりは、特別な冬景色ではあったけれども、あの灰色な深い静寂なシャンヌの「冬」の色調こそ彼地の自然にはふさわしいものであった。 久しぶりで東京の郊外に冬籠りした。冬・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・ 戦場が消えると、町はずれの森蔭の草地が現われる。二人の男が遠くはなれて向い合って立っている。二人が同時に右手を挙げたと思うと手のさきからぱっと白い煙が出る。するとその一人は柱を倒すようにうつむきに倒れる。夜明けの光が森の上に拡がって、・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・杏やすももの白い花が咲き、次では木立も草地もまっ青になり、もはや玉髄の雲の峯が、四方の空を繞る頃となりました。 ちょうどそのころ沙車の町はずれの砂の中から、古い沙車大寺のあとが掘り出されたとのことでございました。一つの壁がまだそのままで・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・それからすぐ眼の前は平らな草地になっていて、大きな天幕がかけてある。天幕は丸太で組んである。まだ少しあかるいのに、青いアセチレンや、油煙を長く引くカンテラがたくさんともって、その二階には奇麗な絵看板がたくさんかけてあったのだ。その看板のうし・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・老技師は山腹の谷の上のうす緑の草地を指さしました。そこを雲の影がしずかに青くすべっているのでした。「あすこには熔岩の層が二つしかない。あとは柔らかな火山灰と火山礫の層だ。それにあすこまでは牧場の道も立派にあるから、材料を運ぶことも造作な・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・そこはうつくしい黄金いろの草地で、草は風にざわざわ鳴り、まわりは立派なオリーブいろのかやの木のもりでかこまれてありました。 その草地のまん中に、せいの低いおかしな形の男が、膝を曲げて手に革鞭をもって、だまってこっちをみていたのです。・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・に浮いてブラブラして居るのに気がつくと、地面ごとあの下の方までころがって行きそうな不安や、若し此の草履を落したら誰があすこから拾って来て呉れるかしらと思うと、気味が悪くなって、ジリジリと後へ下って傍の草地へ座ってしまった。 叔父はすぐそ・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・一吹風が渡るとたくさんなたくさんな松の葉が山のしんからそよぎ出すように、あの一種特別な音をたてて鳴りわたるのを聞きながら、蕗の薹のゾックリ出た草地に足を投げ出して、あたりを見はらすのが、六にとって何よりの楽しみなのである。「きれえだんな・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
三春富士と安達太郎山などの見えるところに昔大きい草地があった。そして、その草地で時々鎌戦さが行われた。あっち側からとこっち側からと草刈りに来る村人たちは大方領主がそれぞれちがっていて、地境にある草地の草を、どっちが先に刈る・・・ 宮本百合子 「村の三代」
出典:青空文庫