・・・男の児が一人いて、なにか荒い遊びをしているらしかった。 勝子が男の児に倒された。起きたところをまた倒された。今度はぎゅうぎゅう押えつけられている。 いったい何をしているのだろう。なんだかひどいことをする。そう思って峻は目をとめた。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 石井翁は綿服ながら小ザッパリした衣装に引きかえて、この老人河田翁は柳原仕込みの荒いスコッチの古洋服を着て、パクパク靴をはいている。「でも何かしておられるだろう。」と石井翁はじろじろ河田翁の様子を見ながら聞いた。そして腹の中で、「な・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・ 副官が這入って来ると、彼は、刀もはずさず、椅子に腰を落して、荒い鼻息をしながら、「速刻不時点呼。すぐだ、すぐやってくれ!」「はい。」「それから、炊事場へ露西亜人をよせつけることはならん。残飯は一粒と雖も、やることは絶対にな・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 二重硝子の窓の外には、きつきつたる肌ざわりの荒い岩のような、黒竜江の結氷が星空の下に光っていた。 番小屋は、舟着場から、約一露里上流にあって建てられていた。夏は、対岸から、踵の高い女の白靴や、桜色に光沢を放っている、すき通るような・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・その最も甚しい時に、自分は悪い癖で、女だてらに、少しガサツなところの有る性分か知らぬが、ツイ荒い物言いもするが、夫はいよいよ怒るとなると、勘高い声で人の胸にささるような口をきくのも止めてしまって、黙って何も言わなくなり、こちらに対って眼は開・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・山の方から来る荒い冷い性質の水だ。飲料には用いられないが、砂でも流れない時は顔を洗うに好い。そこにも高瀬は生のままの刺激を見つけた。この粗末ながらも新しい住居で、高瀬は婚約のあった人を迎える仕度をした。月の末に、彼は結婚した。 長く・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・太郎や次郎はもとより、三郎までもめきめきとおとなびて来て、縞の荒い飛白の筒袖なぞは着せて置かれなくなったくらいであるから。 目に見えて四人の子供には金もかかるようになった。「お前たちはもらうことばかり知っていて、くれることを知ってる・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・工場の小路で、酔漢の荒い言葉が、突然起った。私は、耳をすました。 ――ば、ばかにするなよ。何がおかしいんだ。たまに酒を呑んだからって、おらあ笑われるような覚えは無え。I can speak English. おれは、夜学へ行ってんだよ。・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・ 夫は、隣の部屋に電気をつけ、はあっはあっ、とすさまじく荒い呼吸をしながら、机の引出しや本箱の引出しをあけて掻きまわし、何やら捜している様子でしたが、やがて、どたりと畳に腰をおろして坐ったような物音が聞えまして、あとはただ、はあっはあっ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・この縞はたぶん紙を漉く時に繊維を沈着させる簾の痕跡であろうが、裏側の荒い縞は何だか分らなかった。 指頭大の穴が三つばかり明いて、その周囲から喰み出した繊維がその穴を塞ごうとして手を延ばしていた。 そんな事はどうでもよいが、私の眼につ・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
出典:青空文庫