・・・馬を稽古する人が上達するに従ってだんだん荒い馬を選ぶようになる心理もいくらかわかったような気がする。何よりも荒馬のいきり立って躍り上がる姿にはたとえるもののない「意気」の美しさが見られるのである。 この映画の「筋」はわりにあっさりしてい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・だがあまり荒い浪は嫌いだね」「そうですか。私は海辺に育ちましたから浪を見るのが大好きですよ。海が荒れると、見にくるのが楽しみです」「あすこが大阪かね」私は左手の漂渺とした水霧の果てに、虫のように簇ってみえる微かな明りを指しながら言っ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・私は昨日和歌の浦を見物しましたが、あすこを見た人のうちで和歌の浦は大変浪の荒い所だと云う人がある。かと思うと非常に静かな所だと云う人もある。どっちがよいのか分らない。だんだん聞いて見ると、一方は浪の非常に荒い時に行き、一方は非常に静かな時に・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・皮の斑点の大きなのはきめの荒いことを証し、斑点の細かいのはきめの細かいことを証しておる。蜜柑は皮の厚いのに酸味が多くて皮の薄いのに甘味が多い。貯えた蜜柑の皮に光沢があって、皮と肉との間に空虚のあるやつは中の肉の乾びておることが多い。皮がしな・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・掘り取るのが済んであの荒い瀬の処から飛び込んで行くものもありました。けれども私はその溺れることを心配しませんでした。なぜなら生徒より前に、もう校長が飛び込んでいてごくゆっくり泳いで行くのでしたから。 しばらくたって私たちはみんなでそれを・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・日露戦争前の何処となく気の荒い時代であったから、犬などを洗ったり何かして手入れするものだなどと思いもしない者の方が大多数をしめて居たのかもしれない。 薄きたない白が、尾を垂れ、歩くにつれて首を揺り乍ら、裏のすきだらけの枸橘の生垣の穴を出・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・時が経てば帰還後の生活の荒い波で、せっかくあざやかだった記憶が散乱してしまっては残念です。まず手はじめに、シベリヤ生活のなかであなたが経験された「創作コンクール」はどんな風にして行われ、当選作品はどんな風にしてみんなに発表され、よまれ、批評・・・ 宮本百合子 「結論をいそがないで」
・・・ 漂う白雲の間を漏れて、木々の梢を今一度漏れて、朝日の光が荒い縞のように泉の畔に差す。 真赤なリボンの幾つかが燃える。 娘の一人が口に銜んでいる丹波酸漿を膨らませて出して、泉の真中に投げた。 凸面をなして、盛り上げたようにな・・・ 森鴎外 「杯」
・・・格別荒い為事をしたことはないと見えて、手足なんぞは荒れていない。しかし十七の娘盛なのに、小間使としても少し受け取りにくい姿である。一言で評すれば、子守あがり位にしか、値踏が出来兼ねるのである。 意外にもロダンの顔には満足の色が見えている・・・ 森鴎外 「花子」
・・・洋画のカンバスと、絹あるいは金箔。荒いザラザラした表面と、細かいスベスベした、あるいは滑らかに光沢ある表面。 これらの相違がすでに洋画を写実に向かわしめ、日本画を暗示的な想念描写に赴かしめるのではないのか。 たとえば、日本画において・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫