・・・そうして自由に放恣な太古のままの秋草の荒野の代わりに、一々土地台帳の区画に縛られた水稲、黍、甘藷、桑などの田畑が、単調で眠たい田園行進曲のメロディーを奏しながら、客車の窓前を走って行くのである。何々イズムと名のついたおおかたの単調な思想のメ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・の恐ろしい破壊の荒野も知らず顔に、昭和五年の今日の夜の都を享楽しているのであった。 五月にはいってから防火演習や防空演習などがにぎにぎしく行なわれる。結構な事であるが、火事よりも空軍よりも数百層倍恐ろしいはずの未来の全日本的地震、五六大・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・現代の人間が四十歳くらいで得た人生観や信条をどこまでも十年一日のごとく固守して安心しているのが宜いか悪いか、それとも死ぬまでも惑い悶えて衰頽した躯を荒野に曝すのが偉大であるか愚であるか、それは別問題として、私は「四十にして不惑」という言葉の・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ 何しろあれだけ大きな建物がなくなってしまった事とて境内は荒野のように広々として重苦しい夕風は真実無常を誘う風の如く処を得顔に勢づいて吹き廻っているように思われた。今までは本堂に遮られて見えなかった裏手の墳墓が黒焦げになったまま立ってい・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・狂いを経に怒りを緯に、霰ふる木枯の夜を織り明せば、荒野の中に白き髯飛ぶリアの面影が出る。恥ずかしき紅と恨めしき鉄色をより合せては、逢うて絶えたる人の心を読むべく、温和しき黄と思い上がれる紫を交る交るに畳めば、魔に誘われし乙女の、我は顔に高ぶ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・神にほどこしていた目隠しの布が落ちきらぬうち、せいぜい開かれた民衆の視線がまだ事象の一部分しか瞥見していないうち、なんとかして自身の足場を他にうつし、あるいは片目だけ開いた人間の大群衆を、処置に便宜な荒野の方へ導こうと、意識して社会的判断の・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・一見文明的なそのくせ現実の社会施設に於ては無一物な荒野に、婦人は突き出されている。ショウが「人と超人」を書いた一九〇三年には自覚のある少数の男が生物的な力に虜になることを恐れ、それに抵抗した。一九四七年代になれば、この抵抗を非常に多数の若い・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ 北海道開発に志を遂げなかった政恒は、福島県の役人になってから、猪苗代湖に疏水事業をおこし、安積郡の一部の荒野を灌漑して水田耕作を可能にする計画を立て、地方の有志にも計ってそれを実行にうつした。複雑な政党関係などがあって、祖父が一向きな・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
出典:青空文庫