・・・世間は既に政治小説に目覚めて、欧米文学の絢爛荘重なるを教えられて憧憬れていた時であったから、彼岸の風を満帆に姙ませつつこの新らしい潮流に進水した春廼舎の『書生気質』はあたかも鬼ガ島の宝物を満載して帰る桃太郎の舟のように歓迎された。これ実に新・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・汝今日の狂喜は他日汝の裏に熟して荘重深沈なる歓と化し汝の心はまさにしき千象の宮、静かなる万籟の殿たるべし。 ああ果たしてしからんか、あるいは孤独、あるいは畏懼、あるいは苦痛、あるいは悲哀にして汝を悩まさん時、汝はまさにわがこの言を憶うべ・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・なかなか荘重な出来である。それにも拘らず、少年は噴き出した。「なあんだ、僕と遊びたがっていやがる。君も、よっぽどひまなんだね。何か、おごれよ。おなかが、すいた。」 私も危く大笑いするところであったが、懸命に努めて渋面を作り、「ご・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・きのう新潟の砂丘で、私がひどくもったい振り、あれが佐渡だね、と早合点の指さしをして、生徒たちは、それがとんでも無い間違いだと知っていながら私が余りにも荘重な口調で盲断しているので、それを嘲笑して否定するのが気の毒になり、そうですと答えてその・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・この頑丈の鉄仮面をかぶり、ふくみ声で所謂創作の苦心談をはじめたならば、案外荘重な響きも出て来て、そんなに嘲笑されずにすむかも知れぬ、などと小心翼々、臆病無類の愚作者は、ひとり淋しくうなずいた。 昭和十一年十月十三日から同年十一月十二日ま・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・どろぼうは、のっそり部屋へはいるとすぐに、たったいま泣き声出しておゆるし下さいと詫びたひととは全く別人のような、ばかばかしく荘重な声で、そう言った。おそろしく小さい男である。撫で肩で、それを自分でも内心、恥じているらしく、ことさらに肘を張り・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・行司の古典的荘重さをもった声のひびきがちゃんと鉄傘下の大空間を如実に暗示するような音色をもってきこえるのがおもしろい。観客のどよみも同じく空間を描き出す効果があるのみならず、その音の強弱緩急の波のうち方で土俵の上の活劇の進行の模様が相撲に不・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・あれはある無名の宗教の荘重な儀式と考えるべきものである。 私はここに一つの案をもっている。それはたとえば東京の日比谷公園にある日を期して市民を集合させる。そして田舎で不用になっている虫送りの鐘太鼓を借り集めて来てだれでもにそれをたたかせ・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・ しかし自分の画版はあまりに狭く自分の目の前にひろがっている世界はあまりに荘重美麗である。自分はただ断片的なる感想を断片的に記述する事を以て足れりとせねばならぬ。 われわれ過渡期の芸術家が一度びこの霊廟の内部に進入って感ずるのは、玉・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・だが、私たちはシューマンの荘重な一つの歌曲を思いおこさずにはいられない。その歌はうたっている。「私は、悲しまない」と。先にゆく人影がないのならば、まずその道を行った人々によって伝統が始められたことを知らなければならない。日本の人民のための文・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
出典:青空文庫