・・・いふりで、くくり頤の福々しいのに、円々とした両肱の頬杖で、薄眠りをしている、一段高い帳場の前へ、わざと澄ました顔して、黙って金箱から、ずらりと掴出して渡すのが、掌が大きく、慈愛が余るから、……痩ぎすで華奢なお桂ちゃんの片手では受切れない、両・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ 前挿、中挿、鼈甲の照りの美しい、華奢な姿に重そうなその櫛笄に対しても、のん気に婀娜だなどと云ってはなるまい。 四 一目見ても知れる、濃い紫の紋着で、白襟、緋の長襦袢。水の垂りそうな、しかしその貞淑を思わせる・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・―― で、華奢造りの黄金煙管で、余り馴れない、ちと覚束ない手つきして、青磁色の手つきの瀬戸火鉢を探りながら、「……帽子を……被っていたとすれば、男の児だろうが、青い鉢巻だっけ。……麦藁に巻いた切だったろうか、それともリボンかしら。色・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・…… 袖形の押絵細工の箸さしから、銀の振出し、という華奢なもので、小鯛には骨が多い、柳鰈の御馳走を思出すと、ああ、酒と煙草は、さるにても極りが悪い。 其角句あり。――もどかしや雛に対して小盃。 あの白酒を、ちょっと唇につけた処は・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・としよりがその始末なので、若い者は尚の事、遊び馴れて華奢な身体をして居ます。毎日朝から、いろいろ大小の与太者が佐吉さんの家に集ります。佐吉さんは、そんなに見掛けは頑丈でありませんが、それでも喧嘩が強いのでしょうか、みんな佐吉さんに心服してい・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・襟は、ぐっと小さく、全体を更に細めに華奢に、胴のくびれは痛いほど、きゅっと締めて、その外套を着るときには、少年はひそかにシャツを一枚脱がなければならなかったのでした。この外套に対しては、誰もなんとも言いませんでした。友人たちも笑わず、ただ、・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・英治さんは兄弟中で一ばん頑丈な体格をしていて、気象も豪傑だという事になっていた筈なのに、十年振りで逢ってみると、実に優しい華奢な人であった。東京で十年間、さまざまの人と争い、荒くれた汚い生活をして来た私に較べると、全然別種の人のように上品だ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・けれども流石に源家の御直系たる優れたお血筋は争われず、おからだも大きくたくましく、お顔は、将軍家の重厚なお顔だちに較べると少し華奢に過ぎてたよりない感じも致しましたが、やっぱり貴公子らしいなつかしい品位がございました。尼御台さまに甘えるよう・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・縮緬のすらりとした膝のあたりから、華奢な藤色の裾、白足袋をつまだてた三枚襲の雪駄、ことに色の白い襟首から、あのむっちりと胸が高くなっているあたりが美しい乳房だと思うと、総身が掻きむしられるような気がする。一人の肥った方の娘は懐からノートブッ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・しかしカーライルの庵はそんな脂っこい華奢なものではない。往来から直ちに戸が敲けるほどの道傍に建てられた四階造の真四角な家である。 出張った所も引き込んだ所もないのべつに真直に立っている。まるで大製造場の煙突の根本を切ってきてこれに天井を・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
出典:青空文庫