・・・日本文学の精神には、なんと、自分から自分をぬけ出てゆく能動力が萎えているのでしょう。文学にたずさわる人々をこめた人民感情そのものの中に、自主たろうとするやみがたい熱望が覚醒していないために、これらの人々にとっては自主でなければならない、とい・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・ 何の音もしない、何の色もない、すべての刺戟から庇護された隠遁所を求めて、悲しく四方を見まわし、萎え麻痺れるようになった頭が、今にも恐ろしい断念をもって垂れそうになって来ることもある。 けれども、そういうもう一歩という際で、彼女にま・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・日光まで、際限なく単調なミシシッピイの秋には飽き果てたように、萎え疲れて澱んでいる。とある、壊れた木柵の陰から男が一人出て来た。 彼の皮膚は濃い茶色だ。鍔広のメキシコ帽をかぶり…… 空は水蒸気の多い水浅黄だ。植物は互に縺れこんぐらか・・・ 宮本百合子 「翔び去る印象」
・・・母の属した社会の羈絆がそれを圧しつけて萎えさせたり、歪めたりさえしなかったら、鍛錬を経て花咲くべき才能をも持っていたと思う。 母は、今の世の中のしきたりにおとなしく屈従して暮すには強く、しかし強く社会的に何事かを貫徹して生きるためにはま・・・ 宮本百合子 「母」
・・・大抵の才能ならば、その白熱と混沌との中で萎えてしまいそうなところを、踏みこたえ、掌握し、ときほぐし、描写しとおしたところに、この巨大で強壮な精神の価値がある。文学史上の一つの定説となっているバルザックの情熱の追求、――悪徳も亦情熱の権化とし・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
出典:青空文庫