・・・外的関係が、心までを萎縮するとはかぎらない。 現実の上に、真美の王国を築くことのできないものはこれを常に心の上で築くことである。芸術は、即ち、その表現である。恍洋たるロマンチシズムの世界には、何人も、強制を布くことを許さぬ。こゝでは、自・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・ 彼が躍起となって鞭撻を加えれば加えるほど、私の心持はただただ萎縮を感じるのだ。彼は業を煮やし始めた。それでもまだ、彼が今度きゅうに、会のすんだ翌朝、郷里へ発たねばならぬという用意さえできなかったら、あるいはお互の間が救われたかもしれない。・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・いかにも永い冬と戦ってきたというような萎縮けた、粗硬な表情をしていた。「ただに冬とのみ戦ってきたのだとは言えまい」と、彼も子供の顔を見た刹那に、自分の良心が咎められる気がした。一日二日相手に遊んでいるうち、子供の智力の想ったほどにもなく発達・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そしてその服地の匂いが私の寂寥を打ったとき、何事だろう、その威厳に充ちた姿はたちまち萎縮してあえなくその場に仆れてしまった。私は私の意志からでない同様の犯行を何人もの心に加えることに言いようもない憂鬱を感じながら、玄関に私を待っていた友達と・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・色は不鮮明に黝んで、翅体は萎縮している。汚い臓物で張り切っていた腹は紙撚のように痩せ細っている。そんな彼らがわれわれの気もつかないような夜具の上などを、いじけ衰えた姿で匍っているのである。 冬から早春にかけて、人は一度ならずそんな蠅を見・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・ではなくて、「萎縮」であったことが分って来た。自分の側へ来たものは、もっと光ったものだ。もっと難有味のあるものだ。 しかし斯の訪問者が私のところへ来るようになってから、まだ日が浅い。私はもっとよく話して見なければ、ほんとうに斯の客のこと・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・もりでありましたが、ふと考えてみれば、そんな悲しさは、私に限らず、誰だって肉親に死なれたときには味うものにちがいないので、なんだか私の特権みたいに書き誇るのは、読者にすまないことみたいで、気持ちが急に萎縮してしまいました。ケイジ、ケサ四ジ、・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ストのささやきを準備して来た筈であったのに、このような物静かな生活に接しては、われの暴い息づかいさえはばかられ、一ひらの桜の花びらを、掌に載せているようなこそばゆさで、充分に伸ばした筈の四肢さえいまは萎縮して来て、しだいしだいに息苦しく、そ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・手も足も出ない、萎縮の態で、むやみに鼻をかんでばかりいるかも知れない。何しろ電車の中で、毎日こんなにふらふら考えているばかりでは、だめだ。からだに、厭な温かさが残って、やりきれない。何かしなければ、どうにかしなければと思うのだが、どうしたら・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ こういうふうに考えて来ると、新聞記事というものは、読者たる人間の頭脳の活動を次第次第に萎縮させその官能の効果を麻痺させるという効能をもつものであるとも言われる。これはあるいは誇大の過言であるとしても、われわれは新聞の概念的社会記事から・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
出典:青空文庫