・・・女形、二枚目に似たりといえども、彰義隊の落武者を父にして旗本の血の流れ淙々たる巡査である。御先祖の霊前に近く、覚悟はよいか、嬉しゅうござんす、お妻の胸元を刺貫き――洋刀か――はてな、そこまでは聞いておかない――返す刀で、峨々たる巌石を背に、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・お雪さんが、抱いたり、擦ったり、半狂乱でいる処へ、右の、ばらりざんと敗北した落武者が這込んで来た始末で……その悲惨さといったらありません。 食あたりだ。医師のお父さんが、診察をしたばかりで、薮だからどうにも出来ない。あくる朝なくなりまし・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・「動くな、落武者。知らぬか、新田義興は昨日矢口で殺されてじゃ」「なに、二の君が」「今さら知ッたか、覚悟せよ」 跡は降ッた、剣の雨が。草は貰ッた、赤絵具を。淋しそうに生まれ出る新月の影。くやしそうに吹く野の夕風。 ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫