・・・その意味では「学校を落第してまでは恋愛をせぬ」というモットーは理想主義のものでなくして、散文主義のものである。イデアリストの青年にあっては、学への愛も恋への熱もともに熾烈でなくてはならぬ。この二つの熱情の相剋するところに学窓の恋の愛すべき浪・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・大隅忠太郎君は、私と大学が同期で、けれども私のように不名誉な落第などはせずに、さっさと卒業して、東京の或る雑誌社に勤めた。人間には、いろいろの癖がある。大隅君には、学生時代から少し威張りたがる癖があった。けれども、それは決して大隅君の本心か・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ 盗賊 ことし落第ときまった。それでも試験は受けるのである。甲斐ない努力の美しさ。われはその美に心をひかれた。今朝こそわれは早く起き、まったく一年ぶりで学生服に腕をとおし、菊花の御紋章かがやく高い大きい鉄の門をくぐっ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・みやこ新聞社の就職試験に落第したから、死んだのである。 落第と、はっきり、きまった。かれら夫婦ひと月ぶんの生活費、その前夜に田舎の長兄が送ってよこした九十円の小切手を、けさ早く持ち出し、白昼、ほろ酔いに酔って銀座を歩いていた。老い疲れた・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・学校をなまけては、いけない。落第しては、いけない。カンニングしてもいいから、学校だけは、ちゃんと卒業しなければいけない。できるだけ本を読め。カフェに行って、お金を乱費してはいけない。酒を呑みたいなら、友人、先輩と牛鍋つつきながら悲憤慷慨せよ・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・あの、いちど落第したものですから」「はあ、芸術家ですな」にこりともせず、おちついて甘酒をひと口すすった。「僕はそこの音楽学校にかれこれ八年います。なかなか卒業できない。まだいちども試験というものに出席しないからだ。ひとがひとの能力を試み・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ひとりの落第生答えて言う「なんじはサタン、悪の子なり」かれ驚きたまい「さらば、これにて別れん」 私は学生たちと別れて家に帰り、ひどい事を言いやがる、と心中はなはだ穏かでなかった。けれども私には、かの落第生の恐るべき言葉を全く否定し去る事・・・ 太宰治 「誰」
・・・尤も中にはほとんど如何なる審査員にも採用されるもの、また反対にどこへ出してもきっと落第させられるというものも偶にはあるであろうが、その中間のものがなかなかの多数であることは統計学的に考えても明白なことである。さてこそ、そこに依怙や毛嫌いの私・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・あの頃自分は愛読していた書物などの影響から、人間は別になんにもしなくても、平和に綺麗に一生を過せばそれでよいと云ったような考えが漠然と出来ていたので、病気で試験を休もうが、落第しようが、そんな事は一向心配しなかった。むしろ病気で身体が弱くな・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・掃除は早いが畳がいたんだり障子唐紙へ穴をあけるのでは少なくも日本の女中の登用試験では落第であろう。 八十歳の老人でできるだけ長時間ダンスを続ける、という競技の優勝者ブーキンス君は六時間と十一分というレコードを取った。もっと若い仲間でのレ・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
出典:青空文庫