・・・全体にソワソワと八笑人か七変人のより合いの宅みたよに、一日芝居の仮声をつかうやつもあれば、素人落語もやるというありさまだ。僕は一番上の兄に監督せられていた。 一番上の兄だって道楽者の素質は十分もっていた。僕かね、僕だってうんとあるのさ、・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・ 私が落語家から聞いた話の中にこんな諷刺的のがあります。――昔しあるお大名が二人目黒辺へ鷹狩に行って、所々方々を馳け廻った末、大変空腹になったが、あいにく弁当の用意もなし、家来とも離れ離れになって口腹を充たす糧を受ける事ができず、仕方な・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・また些細の事なれども手近く一例を示さんに、『時事新報』紙上に折々英語を記して訳文を添えたる西洋の落語また滑稽談の如きものは読者の知る所ならん。この文は西洋の新聞紙等より抜きたるものにして、必ずしもその記事の醜美を撰ぶにあらざれば、時々法外千・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・というのも面白い。唱歌の先生は世帯持ちでないというばかりでなくその乾物屋の娘の担任ではないのだからというのも、理由の一つであったのだろう。 日本には「うどん屋」という落語がある。 仕事の下手なものを云う表現に「うどんくい」というのが・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・という落語をよんだ。落語をこのむ江戸庶民の感覚で、奥女中あがりを女房にした長屋の男の困却を諧謔の主題にしたものだった。奥女中だった女が、長屋ものの女房になってもまだ勿体ぶったお女中言葉をつかっている。そのみのない横柄ぶりが武士大名への諷刺と・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・ ラジオなどできく落語が、近頃は妙なものになって教訓落語だが、話の筋は結局ききてである働く人々の生活や文化の低さを莫迦らしく漫画化したようなものが多くていい心持はしない。実質的にはちっとも健全と云えないのである。 健全性というも・・・ 宮本百合子 「“健全性”の難しさ」
・・・これは学習院の学生達のみち足りた境遇では、知識欲も、珍しさの味――落語にある「目黒の秋刀魚」に類するものか、と、三十数年前の講演で彼が語った、そのことである。 この質問に対して明快に返答することは、こんにちの学習院の先生にとっても生徒に・・・ 宮本百合子 「日本の青春」
・・・ある箇所で気分的に亢ぶったようなものがあると思うと、最後は、落語の下げのような文句が云われて問題は出発点へ逆もどりしたまま、おやかましゅう、とお開きになった形であった。語る人々の内的な混乱や堂々めぐりがそのままに示されている点で、様々の問題・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・和十は河東節の太夫、良斎は落語家、北渓は狩野家から出て北斎門に入った浮世絵師、竹内は医師、三竺、喜斎は按摩である。 竜池は祝儀の金を奉書に裹み、水引を掛けて、大三方に堆く積み上げて出させた。 竜池は涓滴の量だになかった。杯は手に取っ・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・頃日僕の書く物の総ては、神聖なる評論壇が、「上手な落語のようだ」と云う紋切形の一言で褒めてくれることになっているが、若し今度も同じマンション・オノレエルを頂戴したら、それをそっくりお金にお祝儀に遣れば好いことになる。 * ・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫