・・・ 問 予の全集は三百年の後、――すなわち著作権の失われたる後、万人の購うところとなるべし。予の同棲せる女友だちは如何? 答 彼女は書肆ラック君の夫人となれり。 問 彼女はいまだ不幸にもラックの義眼なるを知らざるなるべし。予が子は・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・(○註に、けわい坂と洒落れつつ敬意を表した、著作の実例がある。遺憾ながら「嬉しいですわ。」とはかいてない。けれども、その趣はわかると思う。またそれよりも、真珠の首飾見たようなものを、ちょっと、脇の下へずらして、乳首をかくした膚を、お望みの方・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・例えば作家が著作集を出す時、後記というものを書くけれど、それは如何ほど謙遜してみたところで、ともかく上梓して世に出す以上、多少の己惚れが無くてはかなうまいと思うが、どうであろうか。恥しいものですと断ってみても、無理矢理本屋に原稿を持っていか・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・しかしそれらは素より馬琴のためにこれを語るさえ余り気の毒な位の、至って些細な、下らぬものでありまして、名誉心と道義心との非常に強かった馬琴は、晩年に至りまして、これらの下らぬ類の著作を自分が試みたといわれるのを遺憾に思って、自らその書をもと・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・すらも、若し死に瀕しての著作でなかったならば、アノ十分の一も売れなかったかも知れぬ。 先生の文章は当世に売らんが為めには、寧ろ余りに高過ぎた。先生の文章は曽て世間と伴わなった。曽て世間に媚びなかった。常に世間に一歩を先んじた。先生の文章・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・私か、私は三十年一日のような著作生活を送って来たものに過ぎない。世には七十いくつの晩年になって、まだ生活を単純にすることを考え、家からも妻子からもいっさいの財産からものがれ、全くの一人となろうとした人もあったと聞くが、早く妻を先立てた私はそ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・文学字典から次の事を知りました、と親切に、その人の著作年表をくわしく書いて送って下さったが、どうも、たいしたことは無い。いっこうに聞いたことも無いような作品ばかり書いている。つまり、こういうことになります。「女の決闘」の作者、HERBERT・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・はひそかに深く敬服していたところがあったので、この先生の講義にだけは努めて出席するようにしていたし、研究室にも二、三度顔を出して突飛な愚問を呈出して、先生をめんくらわせた事もあって、その後、私の小さい著作集をお送りして、鈍骨もなお自重すべし・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ザルモノトシテ、モッパラ洋書ニ親シミツツアルモ、最近、貴殿ノ文章発見シ、世界ニ類ナキ銀鱗躍動、マコトニ間一髪、アヤウク、ハカナキ、高尚ノ美ヲ蔵シ居ルコト観破仕リ、以来貴作ヲ愛読シ居ル者ニテ、最近、貴殿著作集『晩年』トヤラム出版ノオモムキ聞キ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ Pirate という言葉は、著作物の剽窃者を指していうときにも使用されるようだが、それでもかまわないか、と私が言ったら、馬場は即座に、いよいよ面白いと答えた。Le Pirate, ――雑誌の名はまずきまった。マラルメやヴェルレ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
出典:青空文庫