・・・ら出発して、名高いアルプスのマッターホルンを世界始まって以来最初に征服致しましょうと心ざし、その翌十四日の夜明前から骨を折って、そうして午後一時四十分に頂上へ着きましたのが、あの名高いアルプス登攀記の著者のウィンパー一行でありました。その一・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・という川端康成氏の短篇集の扉には、夢川利一様、著者、と毛筆で書かれて在って、それは兄が、伊豆かどこかの温泉宿で川端さんと知り合いになり、そのとき川端さんから戴いた本だ、ということになっていたのですが、いま思えば、これもどうだか、こんど川端さ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・が新潮社から出版せられて、私はその頃もう高等学校にはいっていたろうか、何でも夏休みで、私は故郷の生家でそれを読み、また、その短篇集の巻頭の著者近影に依って、井伏さんの渋くてこわくて、にこりともしない風貌にはじめて接し、やはり私のかねて思いは・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・あなたは黄表紙の作者でもあれば、ユリイカの著者でもある。『殴られる彼奴』とはあなたにとって薄笑いにすぎない。あなたがあやつる人生切り紙細工は大南北のものの大芝居の如く血をしたたらせている。あまり、煩さい無駄口はききますまい。ヴァレリイが俗っ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・彼の日常生活はおそらく質素なものであろう。学者の中に折々見受けるような金銭に無関心な人ではないらしい。彼の著者の翻訳者には印税のかなりな分け前を要求して来るというような噂も聞いた。多くの日本人には多少変な感じもするが、ドイツ人という者を知っ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・無論記事の全責任は記者すなわち著者にあることが特に断ってある。 一体人の談話を聞いて正当にこれを伝えるという事は、それが精密な科学上の定理や方則でない限り、厳密に云えばほとんど不可能なほど困難な事である。たとえ言葉だけは精密に書き留めて・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・明治七年に刊行せられた東京新繁昌記中に其の著者服部撫松は都下の温泉場を叙して、「輓近又処々ニ温泉場ヲ開クモノアリ。各諸州有名ノ暄池ヲ以テ之ニ名ク。曰ク伊豆七湯、曰ク有馬温泉、曰ク何、曰ク何ト。蓋シ其温泉或ハ湯花ヲ汲来ツテ之ヲ湯中ニ和スト云フ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・尤も日本の女が外から見える処で行水をつかうのは、『阿菊さん』の著者を驚喜せしめた大事件であるが、これはわざわざ天下堂の屋根裏に登らずとも、自分は山の手の垣根道で度々出遇ってびっくりしているのである。この事を進めていえば、これまで種々なる方面・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・つまりああいう著者には人間がたいてい同様にぼうっと見えたのでありましょう。分化作用の発展した今日になると人間観がそう鷹揚ではいけない。彼らの精神作用について微妙な細い割り方をして、しかもその割った部分を明細に描写する手際がなければ時勢に釣り・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・が果してそれ丈の価値があるかないかは著者の分として言うべき限りでないと思う。ただ自分の書いたものが自分の思う様な体裁で世の中へ出るのは、内容の価値如何に関らず、自分丈は嬉しい感じがする。自分に対しては此事実が出版を促がすに充分な動機である。・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
出典:青空文庫