・・・に中津にも旧知事の分禄と旧官員の周旋とによりて一校を立て、その仕組、もとより貧小なれども、今日までの成跡を以て見れば未だ失望の箇条もなく、先ず費したる財と労とに報る丈けの功をば奏したるものというべし。蓋し廃藩以来、士民が適として帰するところ・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・我輩の窃に恐るゝ所なり。蓋し男女交際法の尚お未熟なる時代には、両性の間、単に肉交あるを知て情交あるを知らず、例えば今の浮世男子が芸妓などを弄ぶが如き、自から男女の交際とは言いながら、其調子の極めて卑陋にして醜猥無礼なるは、気品高き情交の区域・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 蓋し勝氏輩の所見は内乱の戦争を以て無上の災害無益の労費と認め、味方に勝算なき限りは速に和して速に事を収るに若かずとの数理を信じたるものより外ならず。その口に説くところを聞けば主公の安危または外交の利害などいうといえども、その心術の底を・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・されば未だ全く人の意を見わすに足らず。蓋し人の意は我脳中の人に於て見わるるものなれど、実際箇々の人に於て全く見わるるものにあらず。其故如何と尋るに、実際箇々の人に於ては各々自然に備わる特有の形ありて、夫の人の意も之が為に妨げられ遂に全く見わ・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・特務曹長「それは甘そうだ。」曹長「食べるというわけには行かないものでありますか。」特務曹長「それは蓋しいかない。軍人が名誉ある勲章を食ってしまうという前例はない。」曹長「食ったらどうなるのでありますか。」特務曹長「軍法会・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・どうしてそんな変なものができたというなら、そいつは蓋し簡単だ。ええ、ここに一つの火山がある。熔岩を流す。その熔岩は地殻の深いところから太い棒になってのぼって来る。火山がだんだん衰えて、その腹の中まで冷えてしまう。熔岩の棒もかたまってしまう。・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・人類の食料と云えば蓋し動物植物鉱物の三種を出でない。そのうち鉱物では水と食塩とだけである。残りは植物と動物とが約半々を占める。ところが茲にごく偏狭な陰気な考の人間の一群があって、動物は可哀そうだからたべてはならんといい、世界中にこれを強いよ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ ジイドは、ミドルトン・マリの評によれば「ほとんど取るに足らない本質的な業績を基礎として、しかも彼のようにヨーロッパ的人物となった作家は蓋し異例と云うべきであろう」ところの作家である。ジイドの箇人主義は、それが日本へも移植されたフェルナ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
出典:青空文庫