・・・眼の玉が濡れたように薄茶色を帯びて、眉毛の生尻が青々と毛深く、いかにも西洋人めいた生々しい逞しさは、五年前と変っていない。眼尻の皺もなにかいやらしかった。ああ瞳は無事だった筈がないと、その頃思わせたのも皆この顔の印象から来ていた。 五年・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・「やあ。薄茶でございますよ。茶をたてているのです。こんなに暑いときには、これに限るのですよ。一杯いかが?」 僕は青扇の言葉づかいがどこやら変っているのに気がついた。けれども、それをいぶかしがっている場合ではなかった。僕はその茶をのま・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・まさかこの聖戦下に、こんな贅沢は出来るわけがないし、また失礼ながらあまり裕福とは見受けられない黄村先生のお茶会には、こんな饗応の一つも期待出来ず、まあせいぜい一ぱいの薄茶にありつけるくらいのところであろうとは思いながらも、このような、おいし・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・地面は一面の苔で秋に入って稍黄食んだと思われる所もあり、又は薄茶に枯れかかった辺もあるが、人の踏んだ痕がないから、黄は黄なり、薄茶は薄茶のまま、苔と云う昔しの姿を存している。ここかしこに歯朶の茂りが平かな面を破って幽情を添えるばかりだ。鳥も・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・二羽ながら巣にこもり、白と薄茶色のまだらの頭をのぞかせて、おだやかに引立つこともなく暮して行く。 頭がつやつやと黒く、体は全体金茶色で、うす灰色の嘴と共に落付いて見えるきんぱらは、嘗て見苦しいほど物に動じたのを、私は見たことがない。雌雄・・・ 宮本百合子 「小鳥」
・・・ 気持の好い空想を破られ、それでムッとして見ると、薄茶色の粟が一粒いる。自負心の強い太鼓は忽ち小癪な奴だと思った。俺が折角いい心持で美くしい体を日に暖めているのに、何だ、此那見すぼらしい体をしている癖に突当ったりして! 其処で彼は「・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
十一月十九日 North Carolina と South Carolina との間を通る。 砂の多い、白く光る地面には、粗毛のような薄茶色の草が一杯に生えて、晩秋の日を吸いながら輝く色々の樹木の間には、San・・・ 宮本百合子 「無題(二)」
・・・もともと政恒は薄茶がすきで、もんぺいの膝を折っては一日に何度か妻に薄茶をたてさせた。すると、或るとき曾祖母が、一服終った政恒に向って、お前は本当に開墾事業をなしとげる覚悟か、と訊ねた。政恒にとってこれは心外な問いであったろう。もとよりと答え・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
・・・息子である父の父親が開墾事業に熱中しながら薄茶を大変好んでいたのをそのお俊という大祖母さんがおこり、薄茶立てたて開墾が出来るかと、それを封じてしまった。ところが、この祖父は僅か六十一歳で没した。その時お俊お婆さんは涙をこぼしながら、こんなに・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・なんでもそこへなまめいた娘が薄茶か何か持って出ることになっていた。その若衆のしらじらしい、どうしても本の読めそうにない態度が、書見と云う和製の漢語にひどく好く適合していたが、この滑稽を舞台の外で、今繰り返して見せられたように、僕は思ったので・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫