・・・なぜといえば、天主閣は、明治の新政府に参与した薩長土肥の足軽輩に理解せらるべく、あまりに大いなる芸術の作品であるからである。今日に至るまで、これらの幼稚なる偶像破壊者の手を免がれて、記憶すべき日本の騎士時代を後世に伝えんとする天主閣の数は、・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・官吏の中その勲功を誇っていたものは薩長の士族である。薩長の士族に随従することを屑しとしなかったものは、悉く失意の淵に沈んだ。失意の人々の中には董狐の筆を振って縲紲の辱に会うものもあり、また淵明の態度を学んで、東籬に菊を見る道を求めたものもあ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ これにつけてもわれわれはかのアングロサキソン人種が齎した散文的実利的な文明に基いて、没趣味なる薩長人の経営した明治の新時代に対して、幾度幾年間、時勢の変遷と称する余儀ない事情を繰返し繰返して嘆いていなければならぬのであろう。 われ・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・ 然るに彼の講和論者たる勝安房氏の輩は、幕府の武士用うべからずといい、薩長兵の鋒敵すべからずといい、社会の安寧害すべからずといい、主公の身の上危しといい、或は言を大にして墻に鬩ぐの禍は外交の策にあらずなど、百方周旋するのみならず、時とし・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・維新に、薩長が中心となったということは、深い必然があったのである。 ところで、この明治維新、日本の資本主義国家の誕生は、ヨーロッパの自由都市の市民が、第三階級として自身の経済力にたって近代の社会機構に移って行ったのとは、全く性質を異にす・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・日本のブルジョアジーが薩長閥によって作られた政府の権力と妥協し、形を変えて現れた旧勢力に屈従することによって資本主義が社会へ歩みだしたという特殊な性格をもっている。新しい明治がその中にどんな古さをもっていたかということは樋口一葉の小説にも現・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・大体、明治維新そのものが、崩壊する武士階級の下級者と幕府より目の届きかねる遠い薩長で経済力を膨脹させて来た大名たちとが、利害を一にして、近代資本家貴族に転身しようとした動きであった。土地問題の近代にふさわしい処理の出来なかったのは、とりも直・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫