・・・浪子夫人も苦労はするが、薬代の工面が出来ない次第ではない。一言にして云えばこの涙は、人間苦の黄昏のおぼろめく中に、人間愛の燈火をつつましやかにともしてくれる。ああ、東京の町の音も全くどこかへ消えてしまう真夜中、涙に濡れた眼を挙げながら、うす・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・嫁入のさきざきで子供を四人も生んだけれ共みんな女なんで出る段につれて来てその子達も親のやっかいになって育て居たけれどもたえまなくわずらうので薬代で世を渡るいしゃでさえもあいそをつかして見に来ないのでとうとう死ぬにまかせる外はない。弟の亀丸も・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・その俥代を払はなければならず、そして、薬をもらいに行けば薬代は払って来なければならぬ。 私は、その金がないばかりに、ある夜友達の許へ訪ねて行った。ちょうど友達は、夫婦で家を閉めて散歩に出かけたと見えて留守であった。私は、そのまゝ家に帰っ・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・でも面白い気象の人で、近在へでも行くと、薬代が無けりゃ畠の物でも何でも可いや、葱が出来たら提げて来い位に言うものですから、百姓仲間には受が好い。奇人ですネ」 そういう学士も維新の戦争に出た経歴のある人で、十九歳で初陣をした話がよく出る。・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 実際のかくさない処がねえ、 薬代、お礼、養いになるものは食べざあなるまいし。 そうじゃあないかい。 お父っさんと、恭二の働きが、皆お前に吸われて仕舞う。 病気で居るのに何もわざわざこんな事を聞かせたくはないけれ共、一つ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・三銭でも五銭でもよい、薬代を送って下さい。彼を励ますハガキなりとも書いて送って下さい。〔一九三二年八月〕 宮本百合子 「ますます確りやりましょう」
出典:青空文庫