・・・のお化のような先生は尾州人という条、江戸の藩邸で江戸の御家人化した父の子と生れた江戸ッ子であったのだ。 東片町に住った頃、近所に常磐津を上手に語る家があった。二葉亭は毎晩その刻限を覘っては垣根越しに聞きに行った。艶ッぽい節廻しの身に沁み・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・水戸藩邸の最後の面影を止めた砲兵工廠の大きな赤い裏門は何処へやら取除けられ、古びた練塀は赤煉瓦に改築されて、お家騒動の絵本に見る通りであったあの水門はもう影も形もない。 表町の通りに並ぶ商家も大抵は目新しいものばかり。以前この辺の町には・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・は必然の勢、二、三十年以来、酒を飲み宴を開くの風を生じ(元来飲酒会宴の事は下士に多くして、上士は都て質朴、殊に徳川の末年、諸侯の妻子を放解して国邑に帰えすの令を出したるとき、江戸定府とて古来江戸の中津藩邸に住居する藩士も中津に移住し、かつこ・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ついで外桜田の藩邸の方でも、仲平に大番所番頭という役を命じた。そのつぎの年に、仲平は一旦帰国して、まもなく江戸へ移住することになった。今度はいずれ江戸に居所がきまったら、お佐代さんをも呼び迎えるという約束をした。藩の役をやめて、塾を開いて人・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫