・・・そのせいでもあるまいが、体温計とその度盛はたいそう大事がられ、風呂場の寒暖計はひどく虐待されるようである。 話は横道に外れるが、盥に入れた湯の湯気の上り方を見れば、だいたいの温度の見当がつくものである。しかしいつか赤ん坊をいきなり盥の熱・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・このように、虐待は繁盛のホルモン、災難は生命の醸母であるとすれば、地震も結構、台風も歓迎、戦争も悪疫も礼賛に値するのかもしれない。 日本の国土などもこの点では相当恵まれているほうかもしれない。うまいぐあいに世界的に有名なタイフーンのいつ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・また動物虐待防止という言葉からもあるあまり香ばしくない匂を感ずる。しかしこういう場合に出逢ってみるとやっぱり馬が可哀相になる。馬士も気の毒になってよさそうな訳だが、どうもこの場合馬の方に余計に心をひかれる。 つまり馬の方は物を云わないか・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・今までうちで粗末な器械でやっていたのはレコードに対する虐待であった事に気がついた。うちの器械で鋼鉄の針でやる時にあまりに耳立ちすぎて不愉快であったピッコロのような高音管楽器の音が、いい器械で竹針を用いれば適当に柔らげられ、一方ではまた低音の・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
私の宅の庭の植物は毎年色々な害虫のためにむごたらしく虐待される。せっかく美しく出揃った若葉はいつの間にかわるい昆虫のために食い荒らされる。なかんずくいちばんひどくやられるのは薔薇である。羽根が黒くて腰の黄色い小さな蜂が、柔・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・ 長い間人間の目の敵にされて虐待されながら頑強な抵抗力で生存を続けて来た猫草相撲取草などを急に温室内の沃土に移してあらゆる有効な肥料を施したらその結果はどうなるであろう。事によると肥料に食傷して衰滅するかもしれない。貧乏のうちは硬骨なの・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・然るに戦後に流行する浅草のメロドラマを見ると、女の虐待される場面のないものは甚少いらしい。立廻の間に帯が解け襦袢一枚になった女を押えつけてナイフで乳をえぐったり、咽喉を絞めたりするところは最も必要な見世場とされているらしい。歌舞伎劇にも女の・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・ペリカンは余の要求しないのに印気を無暗にぽたぽた原稿紙の上へ落したり、又は是非墨色を出して貰わなければ済まない時、頑として要求を拒絶したり、随分持主を虐待した。尤も持主たる余の方でもペリカンを厚遇しなかったかも知れない。無精な余は印気がなく・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・実際の真面目を言えば、常に能く夜を守らずして内を外にし、動もすれば人を叱倒し人を虐待するが如き悪風は男子の方にこそ多けれども、其処を大目に看過して独り女子の不徳を咎むるは、所謂儒教主義の偏頗論と言う可きのみ。一 女子は稚時より男・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一沈一浮共に苦楽を同うす可しと雖も、其夫の品行修らずして内に妾を飼い外に花柳に戯れ、敢て獣行を恣にして内を顧みざるが如きは、対等の配偶者を侮辱し虐待するの罪にして断じて許す可らず。内君たる者は死力を尽して之を争う可し。世間或は之を見て婦人の・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫