・・・なければ世の中が自滅するだろうという事、その女性のかしらは私自身で、私は実は女神だという事、男の子が三人あって、この三人の子だけは、女神のおかげで衰弱せず、これからも女性に隷属する事なく、男性と女性の融和を図り、以て文化日本の建設を立派に成・・・ 太宰治 「女神」
・・・こんな事でひどく近所中の感じを悪くしたそうだが、細君の好人物と子供の可愛らしいのとで幾分か融和していたらしい。子供は髪が黒くて色が白くて美しい。上の男の子はあの頃四つくらいで名はエンリコとかいうそうだが、当り前の和服を着て近所の子供と遊んで・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・そしてそれを融和すべき相対原理がまだ認められない事である。「桃や李は、物を言わないのに木陰にはひとりでに道ができる。」昔の人はこんな事を言って侵略的宣伝を否定した。しかし今のように桃や李の数がふえてしまっては、この言葉はほんとうに時代遅・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・子供の顔はよく両親に似ている、二人のまるでちがった容貌がその児の愛らしい顔の中ですっかり融和されてしまってどれだけが父親、どれだけが母親のと見分けはつかぬ。児の顔を見て後に両親を見くらべるとまるでちがった二つの顔がどうやら似通って見えるのが・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・突飛な題材を無造作な不細工な描き方で画いているようではあるが、第一構図や意匠の独創的な事は別問題としても今ここに論じているような「不協和の融和」という事が非常にうまく行われているので、そこに名状の出来ぬ深みが生じ「内容」が出来ているのである・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・自然の不可思議な機構を捜る喜びと、本能の欲求する睡眠を抑制するつらさとが渾然と融和した形になって当時の記憶を彩っているようである。 その頃の熱海行きは、国府津まで汽車で行って国府津から小田原まで電車、小田原からは人車鉄道という珍しい交通・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・物理学の範囲内だけでも近ごろ勢力を得て来た量子説が古典的な物理学と矛盾していて、まだどうしてもその間の融和がとれないところを見てもプランクの望むような統一はまだ急に達せられそうもない。 今のところでは生物界の現象に関しては物理学はたいて・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
・・・そこには能知者がいっぱいに滲透して所知者の間のあらゆる科学的背理や矛盾は、それによって統一され融和される。そういう点から見て最も多くの芸術としての文学の特徴を発揮しているものはこの種の詩歌でなければならない。それだから作物の価値には内容の科・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・トリオやカルテットの仲間がよくできては解散し、解散してはまた別の組ができるのであるが、事情を聞いてみると皆仲間の間の個性の融和がつきにくいのに帰因するようである。もっともこれは楽器の音色が合わないのではないが、これも畢竟楽器を通して演奏を色・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・観客の言語服装と舞台の世界とは全然別種のもので、其間に何等の融和すべきものがない。これに加るに残暑の殊に烈しかった其年の気候はわたくしをして更に奇異なる感を増さしめる原因であった。オペラは欧洲の本土に在っては風雪最凛冽なる冬季にのみ興行せら・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
出典:青空文庫