・・・主がの血筋を岩田が跡に入れてもらいたいいうてな」 また彼れの方を向いて、「そうじゃろがの」 それに違いなかった。しかし彼れはその男を見ると虫唾が走った。それも百姓に珍らしい長い顔の男で、禿げ上った額から左の半面にかけて火傷の跡が・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・その児、その孫、二代三代に到って、次第おくり、追続ぎに、おなじ血筋ながら、いつか、黄色な花、白い花、雪などに対する、親雀の申しふくめが消えるのであろうと思う。 泰西の諸国にて、その公園に群る雀は、パンに馴れて、人の掌にも帽子にも遊ぶと聞・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 渋色の逞しき手に、赤錆ついた大出刃を不器用に引握って、裸体の婦の胴中を切放して燻したような、赤肉と黒の皮と、ずたずたに、血筋を縢った中に、骨の薄く見える、やがて一抱もあろう……頭と尾ごと、丸漬にした膃肭臍を三頭。縦に、横に、仰向けに、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・前の嚊にこそ血筋は引け、おらには縁の何も無いが、おらあ源三が可愛くって、家へ帰るとあいつめが叔父さん叔父さんと云いやがって、草鞋を解いてくれたり足の泥を洗ってくれたり何やかやと世話を焼いてくれるのが嬉しくてならない。子という者あ持ったことも・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・けれども、血筋は貴族の血だ。いまに叔母が死ねば遺産も貰える。私には私の誇があるのだ。私はあの人を愛していない。愛するとは、もっと別な、母の気持も含まれた、血のつながりを感じさせるような、特殊の感情なのではなかろうか。私は、あの人を愛していな・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・けれども流石に源家の御直系たる優れたお血筋は争われず、おからだも大きくたくましく、お顔は、将軍家の重厚なお顔だちに較べると少し華奢に過ぎてたよりない感じも致しましたが、やっぱり貴公子らしいなつかしい品位がございました。尼御台さまに甘えるよう・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・女の局員たちの噂では、なんでも、宮城県のほうで戦災に遭って、無条件降伏直前に、この部落へひょっこりやって来た女で、あの旅館のおかみさんの遠い血筋のものだとか、そうして身持ちがよろしくないようで、まだ子供のくせに、なかなかの凄腕だとかいう事で・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・もの珍らしさ、或いは、どこやら憐憫を誘うような、あわれな盲目の無智、それらの事がらにのみ魅かれて王子が夢中で愛撫しているだけの話で、精神的な高い共鳴と信頼から生れた愛情でもなし、また、お互い同じ祖先の血筋を感じ合い、同じ宿命に殉じましょうと・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ レーリーの血筋に科学的な遺伝があるとすればそれはこの外戚のヴィカース家から来ているらしい。すなわち外戚祖父とその兄弟は工兵士官であり、また外戚祖母の先祖にも優れた砲工兵の将官が居た。また祖母 Lady FItzgerald は有名なボ・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・さて文壇からは引続き歓楽に哀傷に、放蕩に追憶と、身に引受けた看板の瑕に等しき悪名が、今はもっけの幸に、高等遊民不良少年をお顧客の文芸雑誌で飯を喰う売文の奴とまで成り下ってしまったが、さすがに筋目正しい血筋の昔を忘れぬためか、あるいはまた、あ・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫