・・・その点でも私は血縁を感じている。してみれば、文壇でもっとも私に近しい人といえば、武田さんを措いて外にない。いわば私の兄貴分の作家である。そしてまた、武田さんは私の「夫婦善哉」という小説を、文芸推薦の選衡委員会で極力推薦してくれたことは、速記・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・私の血縁の一人は夜道で誤って突き当たった人と切り合って相手を殺し自分は切腹した。それが今では法律に触れない限り、自分のめがねで見て気に入らない人間なら、足を踏みつけておいて、さかさまにののしるほうが男らしくていいのである。そういう事を道楽の・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ それでも、職長仲間の血縁関係や、例えば利平のように、親子で勤めている者は、その息子を会社へ送り込んで、どうやら、二百人足らずのスキャップで、一方争議団を脅かすため、一面機械を錆つかせない程度には、空の運転をしていたのである。「君、・・・ 徳永直 「眼」
・・・ 足助氏その他に相談しながら血縁の誰にも一言洩さなかったことの意味もよくわかる。とにかく力一杯にやって来、終に身を賭して自己に殉じてしまった心は、私に人生の遊戯でないことを教え、生きて居る自分に死と云うものの絶対で、逆に力を添える。・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・恩愛も、血縁も、人格的なつながりもない……から死命を制せられている自分!」うたい上げられた調子はあるが沈潜して読者の心をうち、ともに憤激せしめる迫力は欠けている。 皮相的な、浮きあがった表現の著しい例をわれわれは、この小説のクライマック・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・「ワーリカとあんたとは俺にとってたった一つの、ほんものの血縁だ。」 初めてあなたと呼ばれたグラフィーラは、抑えきれない亢奮で頬っぺたを赤くしたが、答えはドミトリーが期待したものとは違った。しずかに彼女は云った。「――元みたいには・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 田舎に居て、東京の様子に暗い夫婦は、血縁と云うものが、この世智辛い世の中で働く事を非常に買いかぶって、当座は大船にでも乗った様な気で居た。けれ共、折々よこすお君からの便り、又、東京に居る弟の達からの知らせなどによると、眉のひそまる様な・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ ○ 人間が、血縁の深さに惑わされ過ぎることを思う。いつか、人間の如何那関係に於ても、欠けると大変なのは、友情だと云うのを読み、深い真のあるを思う。 母上、貴方は、どうしてもう少し私や、Aに、友情を持って・・・ 宮本百合子 「傾く日」
・・・ 我がために涙をながして呉れる人が此の世に只一人でもあるうちは私は必ず幸福であろう、それを今私はめぐみの深い二親も同胞も数多い友達も血縁の者もある。 私の囲りには常にめぐみと友愛と骨肉のいかなる力も引き割く事の出来ない愛情の連鎖がめ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ こわれたカブトを気にして居るナイトのドンキホーテと同じ木の根に腰をかけて仲よくして居るところを見ると、やっぱり何かの血縁にでもなって居るのかもしれない。 偉かった筈のクロムウェルは何か思いに沈んで額を押えて居るし、ポルトガルのヘン・・・ 宮本百合子 「暁光」
出典:青空文庫