・・・「網野さんに行く先まだ秘密なのよ」「え?――何処です――銀座の方じゃあないんですか」「違うらしいわ」 網野さんは九月中から暫く東京を離れることになっていた。ただ御飯を食べるだけでも詰らないからと私共は或る相談をしたのだ。乗り・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ 翌々日かなりしっかりした手蹟で安着の知らせと行く先の在所と両親の言伝を書いたさきの手紙がとどいた。 それを千世子はいつもになく引出しにしまったりした。何となし足りないものが有る様に千世子は毎日少しばかりずつ書いたりして暮して居た。・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・そこを歩くひろ子は、あんまり行く先がはっきりしているのと、いそいそしている自分があらわなのとを、はにかんでいるのであった。 行手の木立の間に、それらしい新しい建物が見えるところへ来た。すると、左手の草むらのうしろから、「ひろ子さん」・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫