・・・こんな訳だから、学校でも軍人希望の者などとはどうしても肌が合わぬ、そう云う連中から弱虫党と目指されて、行軍や演習の時など、ずいぶん意地悪くいじめられたものだ。実際弱虫の泣虫にはちがいなかったが、それでも曲った事や無法な事に負かされるのは大嫌・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・何処の学校だか行軍に来たらしい。生徒が浜辺に大勢居る。女生の海老茶袴が目立って見える。船にのるのだか見送りだか二十前後の蝶々髷が大勢居る。端艇へ飛びのってしゃがんで唾をすると波の上で開く。浜を見るとまぶしい。甲板へ上がってボーイに上等はあい・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・台湾の中央山脈を測量した時などは、蛮人百二十名巡査十五名を従え軍隊組織で行列二里にわたり、四日間の露営をしたそうであるが、これらは民間登山家などには味わうことのできない一種の天国行軍であろうと思われる。 とにかく、これだけの艱難辛苦によ・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・患者のためには、医学士なかるべからず。行軍の時に、輜重・兵粮の事あり。平時にも、もとより会計簿記の事あり。その事務、千緒万端、いずれも皆、戦隊外の庶務にして、その大切なるは戦務の大切なるに異ならず、庶務と戦務と相互に助けて、はじめて海陸軍の・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・「今晩は、おまえはさっきから行軍を見ていたのかい。」「ええ、見てました。」「そうか、じゃ仕方ない。ともだちになろう、さあ、握手しよう。」 じいさんはぼろぼろの外套の袖をはらって、大きな黄いろな手をだしました。恭一もしかたなく・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・ただそこには調練と沙漠の行軍と描き出されてはいない敵との交戦があるだけである。これらの描写を通して、ルドヴィッチが最後にクリスチアーナに向って深刻な顔つきで訣別をつげる気持の変化を理解しようとすれば、一つの単純な形で語られている軍人気質、愛・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・石田は平生天狗を呑んでいて、これならどんな田舎に行軍をしても、補充の出来ない事はないと云っている。偶には上等の葉巻を呑む。そして友達と雑談をするとき、「小説家なんぞは物を知らない、金剛石入の指環を嵌めた金持の主人公に Manila を呑ませ・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫