・・・日本一の大原野の一角、木立の中の家疎に、幅広き街路に草生えて、牛が啼く、馬が走る、自然も人間もどことなく鷹揚でゆったりして、道をゆくにも内地の都会風なせせこましい歩きぶりをしない。秋風が朝から晩まで吹いて、見るもの聞くもの皆おおいなる田舎町・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・それで無うてから既に露店の許された時間は経過して、僅に巡行の警官が見て見ぬ振という特別の慈悲を便りに、ぼんやりと寂しい街路の霧になって行くのを視めて、鼻の尖を冷たくして待っておったぞ。 処へ、てくりてくり、」 と両腕を奮んで振って、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・私はその名をその中の一本に釣られていた「街路樹は大切にいたしましょう」の札で読んで来たのです。 積立金の話をしている間に私はその中の一人がそれの為の金を、全く自分で働いているのだという事を知りました。親からの金の中では出したくないと云う・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 四 街路樹から次には街路から、風が枯葉を掃ってしまったあとは風の音も変わっていった。夜になると街のアスファルトは鉛筆で光らせたように凍てはじめた。そんな夜を堯は自分の静かな町から銀座へ出かけて行った。そこでは華ばな・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・寺町通はいったいに賑かな通りで――と言って感じは東京や大阪よりはずっと澄んでいるが――飾窓の光がおびただしく街路へ流れ出ている。それがどうしたわけかその店頭の周囲だけが妙に暗いのだ。もともと片方は暗い二条通に接している街角になっているので、・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・私が東京を去って、この七月でまる四年になるが、その間に、街路や建物が変化したであろうと想像される以上に人間が特に文学の上で変っていることが数すくない雑誌や、旬刊新聞を見ても眼につく。殊に、それが現実の物質的な根拠の上に立っての変化でなく、現・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
一 鼻が凍てつくような寒い風が吹きぬけて行った。 村は、すっかり雪に蔽われていた。街路樹も、丘も、家も。そこは、白く、まぶしく光る雪ばかりであった。 丘の中ほどのある農家の前に、一台の橇が乗り捨・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 幽かに、表の街路のほうから、人のざわめきが聞えて来る。しばらくして、宿の廊下が、急にどたばた騒がしくなり、女中さんたちの囁き、低い笑声も聞える。私は、兄の叱咤の言よりも、そのほうに、そっと耳をすましていた。ふっと一言、聴取出来た。私は・・・ 太宰治 「一燈」
・・・その時のほのぐらい街路の静けさを私は忘れずにいる。叔母は、てんしさまがお隠れになったのだ、と私に教えて、いきがみさま、と言い添えた。いきがみさま、と私も興深げに呟いたような気がする。それから、私は何か不敬なことを言ったらしい。叔母は、そんな・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・ つばめのように、ひらと身軽に雨の街路に躍り出て、「それじゃ、あとでまた。」少し走って、また振りかえり、「すぐに幸吉さんに知らせてあげますから、ね。」 ひとり豆腐屋の軒下に、置き残され、私は夢みるようであった。白日夢。そんな気が・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
出典:青空文庫