・・・彼の心は一時に鋭い衝撃をうけた。そして彼の眼が再び崖下の窓へ帰ったとき、そこにあるものはやはり元のままの姿であったが、彼の心は再び元のようではなかった。 それは人間のそうしたよろこびや悲しみを絶したある厳粛な感情であった。彼が感じるだろ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・彼は雷電のごとくに馳駆し、風雨のごとくに敵を吹きまくり、あるいは瀑布のごとくはげしく衝撃するかと思えば、また霊鷲のように孤独に深山にかくれるのである。熱烈と孤高と純直と、そして大衆への哭くが如きの愛とを持った、日本におけるまれに見る超人的性・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・が、電気のようにビリンとそういう衝撃が来た。龍介には見なおせなかった。見なおすよりまず自身を女からかくす、それが第一だった。彼は暗がりへ泥濘をはね越すように、身を寄せた。――が恵子ではなかった。ホッとすると、白分が汗をかいていたのを知った。・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ 絶えずあとしざりをしているものを追いかけて突くのでは、相対速度の減少のために衝撃が弱められる、これに反して向かって来るのを突くのではそれだけの得がある、という事は力学者を待たずとも見やすい道理であるが、ベーアは明らかにこれを利用して敵・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・クラブと球との衝撃によって生ずる音の音色まで人々で違うような気がするのである。科学者のM君は積分的効果を狙って着実なる戦法をとっているらしく、フランス文学のN君はエスプリとエランの恍惚境を望んでドライブしているらしく、M夫人の球はその近代的・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・靴底と地面との衝撃の結果として靴底が磨滅されるおかげで、不愉快な振動が肉体に伝わることを防止するのであろう。 畳がすり切れて困るから、床を鋼鉄張りにするというのも同じような話である。 こんな不平をいだいて、二三日歩き回っているうちに・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・その存在を認める唯一の手段としては、この放射線のために空気その他のガスの分子が衝撃されて電離し、そのためにそのガスの電導度にわずかながら影響し、従って特別な装置の鋭敏な電気計に感ずるという、そういう一種特別の作用を利用するほかはない。もっと・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・あるはずであるが、変化のはげしい風圧を静力学的に考え、しかもロビンソン風速計で測った平均風速だけを目安にして勘定したりするようなアカデミックな方法によって作ったものでは、弛張のはげしい風の息の偽週期的衝撃に堪えないのはむしろ当然のことであろ・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ところでたとえば鈴木清太郎博士の実験で、円板の中心を衝撃する際に生ずる輻射形の割れ目が衝動の強さに応じて整数的に増加して行く現象のごとき、おそらくある方程式の固有値によって定まるであろうということは、かつて妹沢博士も私に指摘されたことである・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・のほうに向かって、倒れかかっている気分に軽い衝撃を与えるような効果はあるらしい。 いよいよ胸をくつろげて打診から聴診と進んで来るに従って、からだじゅうを駆けめぐっていた力無いたよりないくすぐったいような感じがいっそう強く鮮明になって来る・・・ 寺田寅彦 「笑い」
出典:青空文庫