・・・細川家の九曜の星と、板倉家の九曜の巴と衣類の紋所が似ているために、修理は、佐渡守を刺そうとして、誤って越中守を害したのである。以前、毛利主水正を、水野隼人正が斬ったのも、やはりこの人違いであった。殊に、手水所のような、うす暗い所では、こう云・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 肺病のある上へ、驚いたがきっかけとなって心臓を痛めたと、医者が匙を投げてから内証は証文を巻いた、但し身附の衣類諸道具は編笠一蓋と名づけてこれをぶったくり。 手当も出来ないで、ただ川のへりの長屋に、それでも日の目が拝めると、北枕に水・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・実はまるで衣類がない。――これが寒中だと、とうの昔凍え死んで、こんな口を利くものは、貴方がたの前に消えてしまっていたんでしょうね。 男はまだしも、婦もそれです。ご新姐――いま時、妙な呼び方で。……主人が医師の出来損いですから、出来損いで・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・今にはじめぬ事じゃが、まずこれが衣類ともせい……どこの棒杭がこれを着るよ。余りの事ゆえ尋ねるが、おのれとても、氏子の一人じゃ、こう訊くのも、氏神様の、」 と厳に袖に笏を立てて、「恐多いが、思召じゃとそう思え。誰が、着るよ、この白痴、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・これでさえもこれほどなんだから左近右衛門の娘に衣類敷金までつけて人のほしがるのも尤である。此の娘は聟えらびの条件には、男がよくて姑がなくて同じ宗の法華で綺麗な商ばいの家へ行きたいと云って居る。千軒もあるのぞみ手を見定め聞定めした上でえりにえ・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ 僕は箪笥の前に行き、一々その引き出しを明け、おもな衣類を出して見た。大抵は妻の物である。紋羽二重や、鼠縮緬の衣物――繻珍の丸帯に、博多と繻子との昼夜帯、――黒縮緬の羽織に、宝石入りの帯止め――長浜へ行った時買ったまま、しごきになってい・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・それも今日母上や妹の露命をつなぐ為めとか何とか別に立派な費い途でも有るのなら、借金してだって、衣類を質草に為たって五円や三円位なら私の力にても出来して上げるけれど、兵隊に貢ぐのやら訳もわからない金だもの。可いよ、明日こそ私しが思いきり言うか・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「否、私は『中の部屋』のお戸棚へ衣類を入れさして頂ければ尚お結構で御座ます」「それじゃ先あそう決定るとして、全体物置を早く作れというのに真蔵がぐずぐずしているからこういうことになるのです。物置さえあれば何のこともないのに」と老母が漸・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・兼ねて此部屋には戸棚というものが無いからお秀は其衣類を柳行李二個に納めて室の片隅に置ていたのが今は一個も見えない、そして身には浴衣の洗曝を着たままで、別に着更えもない様な様である。六畳の座敷の一畳は階子段に取られて居るから実は五畳敷の一室に・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・云うほどの何があるでも無い眼を見て、初めて夫がホントに帰って来たような気がし、そしてまた自分がこの人の家内であり、半身であると無意識的に感じると同時に、吾が身が夫の身のまわりに附いてまわって夫を扱い、衣類を着換えさせてやったり、坐を定めさせ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
出典:青空文庫